第6話 娼館の闇

 あれから一週間が経ったのに、まだ憑依出来る回復術士ヒーラーは、見つかっていなかった。


 回復術士の数は少ない……。『キュア』が使えるだけでも引く手数多あまたなのに『リジェネレーション』を使えるともなると、大都市に二人いればいい方で、さらに憑依可能な人物なんて見つけられなかった。

 

 勿論、貴族のお抱え術士も鑑定して回ったが、結果は同じだ。

 

 憑依に制限がなかったら、なんでもありなのに。


 回復術士に憑依して『リジェネレーション』を使うのは、ご都合主義な展開でもなければ無理な話だったのだ。


「こうなったら、普通にルミリアの治療費を稼ぐ!」


 そう意気込んで、風の森で薬草を採取していた。

 

 ゴブリンとの死闘に勝ち、レベル2になった僕は『念動』の力も強くなり、薬草を引き抜く位は朝飯前だ。 更に、幽体に慣れてきた僕は2メートル位なら浮かび上がれるようになった、これで高い位置から薬草をさがせるのだ。


「ドラララララララララララララララララララララララ」


 丸二日、一心不乱に薬草をムシりまくった、目標は金貨20枚(約200万円)、休んでる暇はない…んだが、流石に疲れた。


「結構集まったな」


 アイテムボックスを覗くと、薬草の山が出来ている。 これだけ有れば、金貨1枚にはなるだろう……なって欲しい。


「カゼット村に帰って休むか。明日、帝都の冒険者ギルドで薬草を換金してもらおう」


 村に着くと、井戸端でマダム達が嫌な噂話をしていたのを聞いてしまった。


「ねぇ奥さん、聞いた? ルミリアちゃん、帝都の娼館で働くかもしれないんですって」


「あらやだ、本当に? まあ、あの足じゃ、仕方無いかもしれないわね」


「なんだって? そんな馬鹿な話があるか!」


 女性冒険者が大怪我で復帰できなくなり、生活の為に娼婦になる、というのは珍しい話ではない、だからそんな噂が立っているだけだ。でも、もし本当なら……。


 僕は居ても立っても居られなくなり、ルミリアの家に急行した。


「そりゃミロちゃんを預かるのは構わないさ、でも、アンタも大事な姪っ子なんだから、そんな事やらせられないよ」


「私の事は、大丈夫です……一年我慢すれば、足を治せるだけのお金が貯められますから、それでまた、今まで通りの生活が出来るようになりますから」


「わからない子だね! アンタの治療費も、生活の面倒も、ウチで見てやるって言ってるんだよ! 子供は大人しく従いなさい!!」


「ですから! ミロとラトラを預かってもらうだけでも大変なのに、これ以上、叔母さんに迷惑を掛けるわけには、いきません!!」

 

 ルミリアと、その叔母のミルラが話し合いをしていた。


 話の内容から察するに、ルミリアが娼館で働くという噂は本当の事らしい、それに叔母が断固反対している。


 この話し合いは夜遅くまで続き、平行線のまま、お開きになった。


 

翌朝


 僕は、帝都〈エリュシオン〉にいた。

 

 叔母がルミリアの説得に失敗した場合に備え、打てる手がないか模索しにきたのだ。


 回復術士を探す為、あちこち飛び回っていたので帝都の地図は頭に入ってる。 娼館はスラム街の近く、比較的治安の悪い通りに建ち並んでる、夜は娼婦が通に立って客引きをしてるが、明るい時間はあまり人がいない筈なのに……なにか騒がしいぞ。


「ルミリアを出せと言っている!」


 軍服を着た若い男が、娼館の店主らしき男(テンーシュ)に怒鳴りつけている。


 (鑑定によると、若い男は ルイス・ペッタンコット)


「そんな娘、ここには居ないって、言っているでしょう!」


「では、あの張り紙はなんだ!」 

 ルイスが、壁に貼られた紙を指差す


 その張り紙には、

  *――――――*

  | 花よりも |

  |可憐な花売り|

  | ルミリア |

  | 本日入店 |

  *――――――*

     と書いてある。

 

「私の知ってるルミリアは、こんな所で働くような娘ではない! 貴様が彼女を騙して、ムリヤリ働かせようとしてるのだろう!」


「なっ!? ウチはちゃんと国の認可を貰って商売してるんだ、黙って聞いてたら好き勝手言いやがって、アンタが軍の人間でも、ただじゃおかないぞ!」

 

「おい!」と、テンーシュに呼ばれて、店の奥から強面のゴツイ男(ゴツオ)が出できた。


「兄さん、おいたが過ぎるんじゃあ、ねぇのかい?」


 ゴツオは威圧するように、ボキボキと指の関節を鳴らす。


 ルイスの表情が明らかに曇った、軍刀に掛けた手が震えてる……ヤバいんじゃないのか?


 しかしルイスは、手の震えを押さえつけるように、グッと力を入れ、ゴツイ男を睨みつけて「ルミ……」何か言いかけたが

「なんの騒ぎかね」

 ルイスの言葉を遮って、声が響いた。


 表通りの方から、立派な口髭の偉そうな男が、部下を引き連れてやって来た。


「これは憲兵隊のルガール隊長様、そこの若者が、ウチに因縁を付けて来たので、少し懲らしめてやろうかと……」


 店主が駆け寄って、へりくだった態度で説明する。


 ルガールは「ふむ」と髭を撫でながら、ルイスに視線を向けた。


「お前、ペッタンコットの、落ちこぼれ次男じゃないか、家を追い出されて、ここで女を漁ってやがるのか? シャーハッハッー!」


 ルガールの部下(ヘビヅラ)が、下卑た言葉をルイスに投げつける。


 その部下をひと睨みしてから、ルガールが口を開いた。


「此処で何をしている?」


「いえ……その」


 静かだが、迫力の有る一言に圧倒されて、ルイスは下を向いたまま、何も答えられなかった。


「あとは、私が処理する、皆は自分の仕事に戻りなさい」

 

 そんな態度に呆れたルガールは、娼館の者と野次馬を解散させて、ルイスを連れて行ってしまった。


 ルイスの事は気になるが、僕にはやるべき事・・・・・が有るので、娼館の中へと、吸い込まれて行った。


 娼館の中は意外と明るかった、換気の為か部屋のドアと窓が、全て開け放たれていた。


 一階の大半はロビーになっていて、さっきのゴツオとスキンヘッドの男(ピカール)が、テーブルで酒を飲んでいて「薬漬け」「高値で取引」などの会話をしている。


 まさかこの店……嫌な予感がする。


 二階は全て客室だった、開け放たれた部屋を覗くと、狭い空間に大きなベッドが置いてあった。 そんな部屋が幾つも並んでいた。


 三階に店主の部屋があった、中に入ると通信機を使い、誰かと話をしているテンーシュがいたので、通信機に耳を近づけ盗み聞きした。


「ルガールが直接ここに来たんですよ! まさか、嗅ぎ付けられた訳じゃないでしょうね?」


「大丈夫だ」


「あれだけの金を払ったんですから、よろしくお願いしますよ」


「分かってる」


「それと、あの兎人の娘も、今日の取引に入れておいてください、アレは絶対に疫病神だ」


「話をつけておく」


 下の奴らの話を聞いて、まさか・・・と思ったが、この店は、人身売買をしてるとみて間違い無い。


 店主は通信が終わると、慌てて一階に行き、ルミリアが来たら地下牢に閉じ込めるよう指示していた。


「憲兵隊に通報しないと」


 まず地下牢に行って、閉じ込められてる人が居ないか確認しよう、誰か居れば証拠になるかもしれない。


 一階を探したが、地下への階段らしき物はない、何か仕掛けがあるに違いない。


「一番怪しいのは本棚だ、本がスイッチになっていて、押すと本棚が動いて扉が現れるやつだ…」


 しかし、この建物の中に本棚は無かった。


「い、一番怪しいのはテーブルの下だ、テーブルの下に不自然に敷いてあるカーペットで、地下への扉を隠してるんだ……」


 しかし、テーブルの下には何も敷かれてなかった。


「一番怪しいのは、怪しい……」


 コン、ココン、コン、ココン


 頭を抱えて悩んでいると、合図の様なノックをする音が聞こえてきた。


 するとゴツオが壁に飾ってあるバラの絵を、時計回りに二回、反時計回りに一回、回すと、ガコッと音がなり、壁が開いて階段が現れた。


「そろそろ見張りの交代時間だろ」


 顎の長い男(アゴラ)が階段を登って来たが、モブに用は無いので、急いで地下へ降りていった。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 こんにちは、作者の瀬須です。


 ここまで読んでいただき、有難う御座います。


 作中に入れられなかった、ルイスとルガールの鑑定結果をここに書かせていただきます。

 ※(カッコ内)に書いてあるモブの名前は、アラトが勝手につけた名前で本名ではありません。


 ルイス・ペッタンコット

 Lvレベル:18

 人間 通信士 リシャール帝国軍 陸軍曹長

 優秀な兄と比べられ、落ちこぼれ次男と、影で呼ばれている。 リリアナ・ペッタンコットは従兄弟。

 

 ルガール・アルーナ

 Lvレベル:62

 犬人ドッグヒューム 銃士 憲兵隊長

 帝都の法と治安の番人。 妻との間に子供はいない。 友人の子供達を気に掛けている。

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