第6話 俺のギルドイベントはどこか間違っている。 2

 木で造られたテーブルが並べられており、各テーブルには鎧を着た人やローブを身に纏った人、杖を持った聖職者のような人等、様々な人がいる。

 液体の入ったジョッキを両手に持った耳の長いお姉さんが目の前を通過した。


 「すみませんお姉さん」


 俺は声をかける。


 「私ですか?」

 「そうです」

 「何ですか?」

 「あなたはエルフ族ですね? これがメン――」

 「はぁ。見たら分かることでしょう?」


 お姉さんは呆れたような表情を見せて、どこかに向かった。


 「ちょっとカケル!」


 背後から肩を叩かれたので振り返る。


 「なんだよシリウス」

 「あんまり目立たないでよね」

 「…… すでに目立ってると思うが」


 俺とシリウスはギルド内の様々な場所から見られている。原因は多分だけどシリウスだ。イケメンだし。


 「早く冒険者登録終わらせようよ」


 ウサギのような獣耳をぴょんと立てた女の子が目の前を通過した。


 「そこのお嬢さん」

 「えっ、わ、私ですか?」

 「そうです」

 「わ、わたしなにかしちゃいましたか……?」

 「あなたは獣人族ですね? これがメンタ――」

 「カケル!!」


 振り返ると、シリウスが何やら怒っていた。


 「なんで怒ってんだ」

 「…… はぁ。彼女たちも人なんだよ? 種族で呼ばれるのを嫌う人もいるんだから注意しないと。…… ごめんねお嬢さん。この人は記憶が無くて、僕から言っとくから」

 「は、はいぃ。わたしは気にしてないので…… お大事に?」


 ウサギ耳の女の子はどこかへ行った。


 ―― ふむ。


 「ごめんなさい」


 俺は走り去る小さな背中に頭を下げた。



 「ではこちらの用紙に太枠部分の必要事項を記入してお待ちください。カケルさんの番になりましたら指に付けた線が白く光りますので受付までお越しください」


 受付をしていたエルフ族のお姉さんにそう言われたのはほんの少し前の事だ。

 俺はテーブルへ戻り、羽ペンを握ったまま静止している。反対側に座ったシリウスは手慣れた様子ですらすらと書いている。


 「どうしたの?」


 シリウスが不思議そうな顔で見てきた。


 「今っていつだ?」

 「今日は聖歴276年4月9日だよ」

 「聖歴?」

 「うん、こういう字。もしかして暦の記憶無いの?」

 「無いな」

 「1年は365日の12ヵ月で1ヵ月は30日だったり31日だったりするんだ。1年が366の――」

 「なるほど」


 用紙にペンを立て、イメージした。


 ―― 名前はカケル。聖歴260年12月31日生まれ。提出日付は聖歴276年4月9日。ジャポンティ出身。


 ペンを走らせて用紙にインクを残していく。


 ―― 書道の先生に、「ここの払いはこうっ! ここの止めはこうっっ!」って教えられてた時みてえ。


 不思議な感覚はすぐに終わって、手が止まる。


 「カケルって字上手いんだね。教科書みたい」

 「言ったろ? 大抵の事は人並み以上にできるって」

 「この上手さだと仕事にできるぐらいだよ」

 「仕事って、例えば?」

 「そうだなぁ。手紙の代筆とか古書の写しとかじゃない? 後は…… 字の先生とか」

 「普通に嫌だ。そういえば受付のお姉さん達ってエルフしかいなかったが何か意味あるのか?」

 「加護の説明をすることを考えたら効率いいんじゃない? 他の種族より長命な分多くの人を見て来てるからどんな加護かすぐ分かる、みたいな」

 「なるほど。まあ登録する時にちゃんと聞いてみるか」


 他愛のない会話をしていると、俺の人差し指がどこかのエイリアンのように輝き始めた。


 「カケルの番が来たみたいだね」

 「思ってたより早かったな。行ってくる」


 俺はテーブルを離れ、受付窓口へ向かった。


 「あの、指光ったんですけど」

 「カケルさんですね。それでは用紙の確認をさせて頂きます」


 冒険者登録を受け持ってくれるのは水色の髪を後ろで束ねた美人さんだ。

 紙を手渡すと、お姉さんは目を丸くして、言った。


 「カケルさんの字、とってもキレイですね!」

 「…… ありがとうございます」


 俺の字を褒めたお姉さんは用紙に目を通して、


 「えっと、これは正式な書類になりますので『月』ではなく『節』に訂正して頂けますか?」


 と言いながら一本のナイフを手渡してきた。


 「……?」

 「どうしました? とりあえず『月』に線を引いて、上から血印をお願いします」

 「え、血印?」

 「はい。指先をナイフでシュッと」

 「ちょっと時間もらっていいですか?」


 俺はお姉さんの不思議そうな視線を背に感じながら、シリウスの元へ戻った。


 「早かったね。どうだった?」


 シリウスは俺の気など知らないように穏やかな笑みを浮かべている。


 「なんか、『月』じゃなくて『節』にしろってナイフ渡された」


 俺は言われたことをそのまま伝える。


 「えっ? そこまでちゃんとしてるんだ…… じゃあ僕も訂正しないと」


 シリウスは革袋からナイフと小さな瓶を取り出して、自分の親指をサッと切った。


 「痛くないのか?」

 「そりゃあ痛いよ。でも間違えた僕が悪いから仕方ないね。それにこれぐらいならポーションですぐ治るし」


 仕方なくないんだが。すぐ治るとかより痛みを感じたくない。自分の指先なんて斬りたくない。紙でシュッてなっただけでも痛いのにナイフでシュッなんて想像もしたくない。


 「ちょっともう一枚貰ってくる」

 「それは――」


 俺はシリウスの言葉を遮って受付に向かう。


 「あらカケルさん。修正できましたか?」

 「あのー、別の用紙もらいたいんですけど」

 「紙がもったいないじゃないですか」

 「…… はい」


 俺の傷より紙の方が大事ってか。まさかこんなとこで冒険者ってやつの社会的身分を知ることになるなんて。

 テーブルに戻ると、シリウスが言った。

 

 「もらえなかったでしょ? そんなことよりカケルも早く修正して戻った方がいいよ。指先の光が消え始めると代わりに熱くなって最後には指無くなっちゃうから」

 「は?」

 「そっか。血印の記憶も無いんだね。一般的には親指の腹を――」

 「いやそうじゃない。指無くなるってどういうことだよ」


 シリウスは俺の指先を指差した。


 「それ昔は拷問に使われてたらしいよ。その線がだんだん広がって最後は指が溶けて無くなるんだってさ」

 「なんでそんなもんをこんな順番待ちだけの為に使ってんだ」

 「さあ?」

 「さあ? ってお前」


 つまり指一本か指先の皮って二択かよ。ふざけんな。


 「やってあげようか?」


 俺は少し悩んで、


 「頼む」


 目を瞑った。


 「―― っっっ!!」


 親指の肉が裂け、血が流れるのが分かる。野良猫に引っかかれた過去を思い出し、半泣きになりながら親指を二つの『月』に押し付けた。

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