第7話 俺のギルドイベントはどこか間違っている。 3

 指先の輝きが心なしか弱くなってきた頃。


 「シリウス。金を貸してくれ」


 俺はこの世で唯一の友に、金を無心していた。

 金の貸し借りは友人関係の破綻を招く、とどこかで聞いた事がある。けれど、そんな事を心配している場合じゃあない。このまま何も行動を起こさないと俺の人差し指が無くなってしまうからだ。


 俺がこんなお願いをする羽目になったのは受付のお姉さんの言葉が原因だ。


 「書類はこれで大丈夫です。それではスフィア使用料の1,000サリーをお願いします」


 聞いてない。スフィアを使うのに金がいるなんて聞いてない。そもそも俺が金を持ってないのは天使のせいだ。俺は悪くない。


 「ちょっと待ってね」

 「うん」


 シリウスは革袋から札束を引っ張り出して、一枚渡してくれた。

 俺は「ありがとう心友!」と言い残してお姉さんの元へとダッシュした。


 「はい。10,000サリーですね。それではお釣りの9,000サリーを準備しますので――」

 「あの! そんなことより指の輝き弱くなってるんですけど!!」

 「はあ」


 俺の必死の訴えなど意に介さない様子のお姉さん。周囲がクスクスしている気がするがそんなの関係ない。人の不幸を笑う奴らの相手なんてしてる場合じゃない。


 「指が溶けるって! 聞いたんで! 早くこの線消してください! あっっ!! 光が消えそうなぐらい小さくっっ!!!」

 「…… ふふふっ」


 えっ、なんだその反応は。まさかこのお姉さん俺の指が無くなるまでの様子を楽しんでいる…… そんなバカな。

 ちょっと引いていると、


 「それは子供に順番と規則を守らせるためによく使われてる話ですよ」

 「えっ」

 「なので指が無くなる事はありません」

 「えっ」

 「ふふっ。それではお釣りの…… ってあれ? カケルさん? ちょっとカケルさぁーん!?」


 俺はお姉さんの声を無視してテーブルへ駆け出した。


 「おいてめえシリウス! 騙しやがったな!」

 「え? 騙すって何を?」


 この野郎すっとぼけやがって。


 「指溶けるなんて嘘じゃねえか!」

 「またまたぁ。僕の母さんが言ってた事だよ? 僕は母さんを信じてる」

 「その話こそ作り話だ! 俺を信じろ! お姉さんを信じた俺を信じろ!」

 「でも――」

 「でもじゃねえ! 俺たち心友だろ!? それに見てみろ俺の指! もう光消えかかってるから!」


 俺は人差し指をシリウスの目の前に出した。

 小さかった光は次第に点滅し、弱くなり、消えた。


 「な? 指溶けてねえだろ?」

 「そんな…… 母さんが僕に嘘を言ってたなんて……」


 シリウスは本気で落ち込んでいるように見える。


 「僕はこれから何を信じたら……」


 シリウスってもしかしてバカなのでは?

 俺は落ち込むシリウスの肩を叩いて、再度お姉さんのところに向かうのだった。



 目の前にスフィアがある。

 これに俺のオドを流し込めば加護と使える魔法が分かる。

 ついに来たのだこの時が。

 サリエルの野郎はチート能力は無いと言っていた。ギフトも無いと言っていた。ギフトってのは恐らく加護の事だろう。けれど、奴はこう言った。


 「魂の情報を書き換えた」


 と。

 つまり神様とは違えど、天使の裁量で俺の魂を変えたって事だ。チート能力は確かに無いかもしれない。だが、人智を超えた魔力を持っていたり、魔力制御の効率がとんでもなく良かったりする可能性が高い。この世界に存在する魔法やスキル全てを行使できるようになっているかもしれない。

 何故ならそれは、俺が異世界にやってきた日本人だからだ。


 俺は右手をぷるぷるさせながらスフィアに近づける。

 受付窓口に座るお姉さんが言った。


 「緊張してますか?」

 「してません」


 右手がスフィアに触れる。

 スフィアは青く輝き始め、何も書かれていないソウルプレートへ一筋の光を放った。


 ……


 スフィアの輝きが収まると、ソウルプレートに文字が浮かび上がっているのが確認できた。


 「それではカケルさん。加護の名前を言ってもらってもよろしいですか?」

 「はい。えぇっと……」


 俺はソウルプレートを手に取り、視線を落とす。


 ―― さてさて。


 「魂の加護って書いてありますね」

 「はい。魂の加護…… 冒険者登録名は『カケル』でよろしいですか?」

 「あ、はい」


 あれ? おかしいぞ?


 「それでは魔法かスキルの―― え? 魂の加護、って言いました?」


 きた!!!


 「まあ、はい」

 「ええええええええええ!」


 お姉さんの慌てる様子は周囲に影響を与えたようで、ギルド内がざわつき始める。

 俺は声を低くして、言った。


 「どうかしました?」

 「ちょ、ちょっと待っててください!!」


 お姉さんは受付の奥の部屋へ走っていき、古くて分厚い本を持って帰ってきた。

 その本をぱらぱらとめくりながら、


 「すごいですよカケルさん! 私エルフなんでこの仕事長いんですけど、魂の加護を持つ人なんて今までいなかったんですよ!」


 ふふふ。

 だははははは! やったぞ! やっぱりだ! 他に持つ人がいない特別な力を俺は持っていた!!

 俺は興奮がバレないように、さらに声を低くして、言った。


 「そうなんですか?」

 「えぇ! ちょっと今、加護の力を探してるので…… あっ! ありましたよカケルさん!」

 「ふうん。俺に授けられた加護のチカラ、教えてもらってもいいですか?」

 「もちろんです! ええと、魂の色が見えるそうです!」

 「それから?」

 「それだけですね! カケルさんは冒険者なんてやらない方がいいですよ! そんなのより判定官になるべきです! 字もキレイなので文官や手紙代行としても需要がありますね!」


 おいこらサリエル。どうなってんだ? お前魔王倒してこいって言ってたよな? いきなり冒険者やめろって言われてるぞ? 魔王探しの旅に出るなって言われてるぞ? なんだよ魂の色が見えるって。ふざけてんのか。


 「いや、あの。冒険者でいいです」

 「え? 安定してるし稼げますよ? 判定官」

 「冒険者でいいです」


 違うんですよお姉さん。俺は異世界に来たからには色々な魔法とかスキルとか使ってみたいんですよ。平穏な生活も悪くはないですけどね。でも違うんですよ。浪漫溢れる冒険ってやつもやってみたいんですよ。


 「はあ。じゃあカケルさんは冒険者として登録しておきますね。まあ後で転! 職! もできますので。はあ」


 お姉さんめちゃめちゃ不満気なんだけど。

 まあいいや。お姉さんの言う通り困ったら転職したらいいんだし。


 「ありがとうございました」

 「いえ、仕事なので」


 俺はお姉さんにお礼を言ってからその場を離れた。


 とりあえず俺は冒険者ってやつになったわけだ。あのクソ天使の言う通りチート能力は無かったが…… 


 「このスキルは絶対強い」


 俺はスキル欄に記載されたスキルを見て、ほくそ笑んだ。

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