第5話 俺のギルドイベントはどこか間違っている。

 「ここがギルド…… ストレリチアか」


 この世界のギルドとは、フリ―― 冒険者にクエストと称して仕事を紹介してくれたり、冒険者が仲間を求め集まったり、個人に合った職業を紹介してくれたりする場所だ。ギルドは一昔前まで冒険者ギルド、商人ギルド、職人ギルド等が民間組織として各所に点在していたのだが、アヴァロニア王国建国の際、冒険者ギルドと職人ギルドが国営組織へと再編成され、『ギルド』となったらしい。


 「うわあ、結構大きいね」


 隣に立つ金髪美少年シリウスが声を漏らした。

 目の前にある木造の建物は大きく、賑やかな音が外まで聞こえている。


 「カケルは落ち着いてるね」

 「いや、ちょっと緊張してるだけだが」


 なにせ、これから俺の加護って奴が判明するのだ。ソウルプレートってのを受け取れば魔法かスキルが使えるかもしれない。緊張するに決まってる。


 きゅぅ。


 緊張のせいか腹も鳴ってるし。


 「行こうぜシリウス。俺たちの運命ってやつを確かめに」

 「運命って、ははっ。カケルは大げさだね」


 シリウスが木製の扉に手をかける。


 ぐきゅるるるるるるるるる。


 「ちょっと待て」

 「どうしたの?」


 シリウスを呼び止めて、俺は真剣な眼差しで言った。


 「緊急事態だ」



 異世界のトイレ事情。

 それは元の世界とほぼ同じレベルまで進歩していた。洋式の便座でちゃんと水洗式。トイレットペーパーも備えられているし、『気になるニオイを消臭! 魔力でシュー!!』なんて書かれたボタンもあるし、便座が冷たくてお尻が驚かないように温かくなる機能まである。ウォシュレット機能は見当たらないが、そもそもウォシュレットを使った事が無いのでどうでもいい。

 俺は世界から隔離された小さな空間で、


 「うごおおおおおおおおおおお」


 経験した事の無い腹痛と闘っていた。


 ―― 何だこれ!? カキにあたった時よりきつい! 昨日の角ウサギが原因としか考えられねえ! いやでも、それならシリウスも腹を壊してないとおかしい! それかアレか? 異世界特有のウイルス的なヤツで俺の身体が拒絶反応でも起こしているってのか!?


 日本人は無神論者が多いと言われている。

 もちろん俺も神様なんて信じちゃいないし、常日頃から神に祈るなんて行為をする事も無い。

 日本人が神様に祈りを捧げるとタイミングといえば……

 それは受験の成功を祈る時だったり、

 それは子供が無事に産まれてくるよう祈る時だったり、

 それは病に伏せた大事な人の回復を願う時だったり、

 それは宝くじを買う時だったり、

 そしてっ!! 


 ―― 神様助けてくださいお願いします。なんでもしますから。


 未知の腹痛に襲われ、うんこをしている時なのだ。


 「うおおおお」


 そんな祈りが通じるはずもなく、腹痛は容赦なく襲ってきた。


 ―― 俺は悪い事なんて何もしてないのにっ! 何でこんな目に遭わなきゃいけねえんだっっ!


 だんだんイライラしてきた。


 きゅるるるるるる。


 「うぉぉぉおおおおおおおお」


 怒りを戒めるように腹が締め付けられる。

 そんな時、扉の向こう側から声がした。


 「大丈夫? 昨日の鍋が原因かな…… ごめん」


 多分、ってか絶対そうだ。

 だがしかし! 俺の為に作ってくれたもんが原因だなんて言いたくない。


 「ち、違うぞシリウス。これは極度の緊張から来るただの―― うぉぉおおおおおおお」

 「ほんとに大丈夫!? シスター呼んでこようか!?」

 「シスター?」

 「シスターなら治癒魔法が使えるから何とかしてくれるかも!」

 「いやダメだ!」


 嫌だ! 嫌だ嫌だ!

 シスターって絶対美少女じゃん! 初めて関わりを持つ女の子とこんな状態で会いたくない! もっとこう、名誉の負傷を治してもらうとか、そんな感じの時に出会いたい!


 ぐきゅりゅるるりゅ。


 「おごおおおおおおおおお」

 「待っててカケル! すぐに呼んで来るから!!」


 シリウスの足音が遠くなっていく。

 俺は叫んだ。


 「シリウスッッ!!」


 足音が止まる。


 「どうしたのー?」


 シリウスの声は遠い。すでにトイレの入り口辺りまで行ったのだろう。

 俺は小さく息を吐いて、言った。


 「腕のイイ奴を頼む」


 背に腹は代えられない。

 この痛みから解放されるというのなら、理想も誇りもクソと一緒に差し出そう。


 「任せて!」


 シリウスの走る音が遠くなっていった。


 きゅぅうううぅ。


 「うぉぉぉぉぉおおお! くそっ! くそっっ!!」


 またイライラしてきた。逃れる事の出来ない理不尽な痛みのせいだ。


 ドンッ!!


 左手側の壁から鈍器で殴られたような音と一緒に、


 「さっきからうるせぇぞ! てめえは黙ってうんこもできねえのか!」


 おっさんの怒鳴り声が飛び込んできた。

 何かに集中している時、横槍を入れられると腹が立つってのは本当だった。他人が物に怒りをぶつけるのを見るとストレスを感じるってのは本当だった。

 俺は壁を殴り返して、


 「そんなにうるせえならてめえのクソでも耳に詰めとけハゲ!」


 訪れたのは静寂と、右手側の壁から水が流れる音だ。

 どうやらもう一人うんこしてたらしい。

 これで自分との闘いに集中できる、と思ったのは一瞬だった。


 ドンッ!!


「なんで俺がてめえの都合で耳栓しねえとならねえんだ! 俺は黙ってクソしろって言ってるだけだろうが! できねえならコレでもケツに詰めてさっさと出ていけ!」


 こつん、と頭に何かが当たって、下に落ちた。

 視線を移すと、細いロウソクが転がっている。

 俺は壁を殴り返して、


 「てめえが出ていきゃいいだろ! 男のうんこなんて出してサッと拭いて終わりだろうが! そういや俺の連れが行ってから絡んできたよなぁ? なんでだぁ? 二対一じゃあ勇気出せなかったのかぁ? てめえが出してるクソみてえに勇気ぐらい捻りだしとけや! 女々しいんだよ、ハゲ!」


 左手側の壁から水が流れる音がした。


 「初めからそうしとけやハゲ! いちいち絡んできてんじゃねえよハゲ」

 「てめえ、覚えてろよ。それに俺はハゲてねえ」

 「さっさといけハゲ」


 ガンッ! と前方の扉が蹴られた音が鳴り、おっさんの足音が遠ざかっていく。それと入れ替わるように、


 「カケルー! もう大丈夫!」


 シリウスがやってきた。


 「ネイリアさん、あそこで僕の友達が、心友が苦しんでるんです!」

 「わかりました」


 ネイリアさん、と呼ばれるシスターを引き連れて。

 今から治癒魔法とやらをかけられる。だが、その前にやっておかないとならない事がある。

 俺は右手をぷるぷるさせながらボタンへ手を伸ばす。


 きゅぅぅぅぅん!!


 「うおおおおおおおおおっっっ」


 ―― くそっ! なんてタイミングだっ!


 「ネイリアさん!! カケルはもう限界です! 早く!」

 「そのようですね」


 扉の向こう側に人の気配がする。もうすぐそこまでやってきている。


 ―― くそぉぉぉ!


 俺は決死の覚悟を持って、ボタンを押した。

 ボタン上部にあった通風口のような場所から白い霧が現れ、同時に上からシスターが降ってきた。


 「へっ、あっ」


 情けない声を漏らす。

 黒を基調にした見た事のある服を着ており、灰色の髪の毛と琥珀色の瞳持ったその人はとても綺麗で、胸がデカかった。


 「私があなたを救います」


 彼女は宣言して、


 「まずは……」


 便器の水を流してくれた。



 両手で顔を覆う。


 「痛むのはココですか?」


 ネイリアさんの柔らかな掌が腹を撫でた。人の手の温もりが先程までの激痛を和らげてくれている感じがする。


 「…… もうちょっと下です。あっ、でも下には行き過ぎないでください。視線も」


 俺の下半身は晒されている。うんこしてたんだから当たり前なのだが、恥ずかしい。きれいなお姉さんに見られて恥ずかしくないはずがない。


 「ふふふ、私は慣れてますので気になさらないでくださいね」

 「…… その、ごめんなさい」


 ごめんなさい。でも仕方ないんです。あなたのおっぱいが足に当たってるんです。生理現象なんです。何も見ないようにしてるけど感じるんです。


 「この辺りですね…… 『ヒール』――」


 うわぁお腹が日向ぼっこしてるぅ。


 「これで痛みは治まったと思いますが、どうですか?」

 「…… 楽になりました」

 「良かった。それでは私は行きますので、また入用の際は教会までお越しください」

 「はい。ありがとうございました」

 「いえ、私の使命ですので。あなたの運命に神の祝福があらんことを」


 ネイリアさんが個室から退出し、俺も後に続く。

 シリウスが不安げな顔で待っていた。


 「もう平気?」

 「何言ってんだ。早く行くぞ」

 「えっ、行くってどこに?」

 「俺たちの運命を確かめに、だ」


 俺は足早にトイレを去った。

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