【命】の復讐者、幼馴染の生涯
Side: 茜
薫が死んだ。私の目の前で。助けられなかった。
――私のせいだ。
私があんな低俗なカフェを紹介したせいだ。
私は犯人を憎んだ。心の底から憎んだ。
復讐してやろうとも思った。
だけど、涙を拭ってくれた薫を思い出して、私は自室で力なく泣いた。
大学にも行かず、三日三晩泣き続けた。
そして、私は考えに考え続けた結果、復讐の矛先を変えることにした。
【命】に復讐してやる。すべての【命】に対してだ。
犯罪を犯して、逃げるように死ぬことは許さない。
私はそれから今までの自分は捨てるように勉強した。
年末特番のバラエティを見ることが大好きだった私。
薫と一緒になって笑って年を越す。年末年始、ずっと楽しく過ごしていた。
そんな私が今、一心不乱に医療の勉強をしているのだ。
周囲からはたまには息抜きでもしようと誘われることがある。
声をかけられても、私はやることがあるからとすべての誘いを断った。
人付き合いは最低限。私の犯した罪を償うためには、これでも足りない。
――【命】に復讐するために。
あれから十年ぐらい経った。
私は大手の大きな病院の外科女医を勤めている。
ここ最近は平凡な日々を過ごし、たまに手術にする程度だ。
――そんなある日、穏やかな日々を壊す事件が起こった。
通り魔による集団刺殺事件だ。
多くの人があの時と同じように、鋭利な刃物で残虐に殺された事件。
犯人は最後に自身にも刃を向けて自殺しようとした最低な事件だった。
その事件に関わる人が勤める病院に運び込まれてきた。
私はあの日、復讐すると誓ったのだ。
周囲はこの通り魔に対する治療に反対の声をあげる。
だが、私は冷たい声で的確な指示を出して治療を始める。
この通り魔の【命】を私は絶対に許しはしない。
そして、あの治療行為をメディアに叩かれた。
奴らは私の自宅に押し掛け、テレビに映る情報から自宅を特定される。
その結果、一般市民からも嫌がらせをされるほどだ。
――なぜ犯人のために治療室を使ったのか?
――そのせいで助かるはずの命を失ったんだ!
――あなたは助ける命の選択を間違えている!
そんなことを声高らかにうたうメディアを私は鼻で笑ってやった。
テレビのカメラが私に向かって突きつけられている。
これは生放送だとニヤニヤといやらしく笑うスタッフに私は宣言した。
――私の復讐の邪魔をするな。
――あの通り魔を許すつもりはなかった。
――だから、あの【命】に復讐したのだ。
私の宣言はお茶の間を凍らせるには十分だったようだ。
その後、周囲は静かになり、穏やかな日々を私は満喫している。
職場での私は腫物扱いだが、そんなことは気にならない。
そんな日々をしばらく過ごしていたら、個人的に会いたいという連絡が入った。
最初は無視しようと思った。
だが、件名に『あなたの復讐のおかげで、私の復讐ができた』とあった。
その文字に私はこの人物に興味が湧いて会うことにしたのだ。
待ち合わせ場所は静かなカフェの個室だ。
個室にやってきた男性はただの優男、年齢は私と同じくらいか少し上だろう。
この男性に興味があるわけじゃないが、姿勢を正して話を聞く。
「私はあの集団刺殺事件で妻を失いました。残されたのはまだ幼い娘だけです」
「それで? 私に直接嫌味でも言いに来ましたか? なぜ妻を救わなかったのかと。なぜ通り魔を助けたのかと」
「いいえ。そんなことを言うためだけにこのような場を設けたのではありませんよ。私はあなたに感謝しているのです。それに、あなたの判断は間違っていない」
「ふん……」
「妻はほぼ即死でした。ほかも同じのようです。あの場で助かる見込みがあったのはあの通り魔だけでした。それから、あなたが生放送でカメラに向かって放った言葉の真意を私は探りました。あなたも我々と同じように大切な方を……」
「やめて、不愉快よ」
「……失礼しました。その事件を切っ掛けに、あなたは医療を学び始めた。そして、メディアに向かって【命】に対して復讐をしたと仰ってくれた。通り魔を許すつもりはない。【命】に復習した。あなたのその言葉に目が覚めました」
「それで、何が言いたいの?」
「あなたにお礼を。あなたのおかげで私の復讐が果たせそうです。私はあなたを支持します。あなたの選択は間違っていないと私は世間に訴えるつもりです」
「……勝手にしなさい。話は終わり?」
「はい。あなたにそれを伝えたかっただけですから。それでは、娘が家で待っているので失礼します」
店を出るその男の背中を見て、ぬるくなったコーヒーをさっさと飲んで店を出た。
見上げた空は晴れやかな青空だ。
私の気持ちを表すかのようで、ムカつくほど綺麗な青空だった。
数日経った頃、メディアにあの事件の被害者としてあの男性が現れた。
私の判断は間違っていない、彼女の考えを支持すると言って世間を騒がせた。
知らないところで波紋が広がり、彼の考えと私の考えや判断が問題視された。
だが、メディアもいつまでも同じ話題を取り上げない。
新しい問題が発生すればそちらに遷移する。
そうして、痛ましい事件の記憶も世間から忘れられて薄れていくのだ。
あのカフェで関わって以来、彼とその娘と共に食事をするくらいの仲にはなった。
だが、食事をするだけだ。
彼も再婚する気はなく、私も結婚という明るい話題には触れたくなかったから。
私は死ぬまで【命】に復讐し続ける。
薫のためというだけではない、私のために。
罪を償うため、私が私であるために。
時が流れて、私もどうやら寿命を迎えるようだ。
あの男も天に召され、その娘が私の面倒を最後まで見てくれた。
私は静かに目をつむり、考える。
これでよかったのだろうか?と思い悩む時期もあった。
だが、私はやり遂げた。もういいだろう。
あとのことは歴史家にでも任せてしまえばいい。
――【命】の復讐者としての私の人生はここで終わりだ。
願わくば、死後の世界で彼に逢いたい。
そして、謝りたい。あの指の温かさを、私は忘れはしない。
叶うならば……。
(ああ、やっとだ。やっと逝ける……)
(あなたに逢いたい。謝って、また笑い合いたい……)
(薫、ごめん、なさい……)
『私の方こそ、ごめんなさい』
「は?」
気がつくと、周囲が白い世界の中で美しい女が謝っている。
その後も何かを話していたが、状況についていけず、断片的な情報しか入らない。
(わたしのせい。カオルさんが死んだのは。異世界。転生……)
その言葉だけを拾って、私は瞬時に激怒した。
何を言ったのかはもう覚えていない。記憶に残らないほどの怒りは初めてだ。
だが、私の知る限りの暴言を吐ききった。
暴言に疲れ切ってしまい意識が途切れて、気が付いたら洞窟の中にいた。
そばにあるのは光り輝く玉と台座。
その二つだけがある岩壁で囲まれた空間。
私は何をするでもなく、力なく座った。
あの女の言った断片的な情報では、ここは異世界で私は転生したことになる。
私は鼻で笑ってしまった。やることもできることも、今はなにもない。
とりあえず体育座りをして、台座にもたれかかる。
もう叶う事はないけど、呟くのは切なる願い。
「逢いたいよ、薫……」
この広い空間ではその言葉は響くこともせずにかき消えた。
いつの間にか私は寝てしまっていた。
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