城下街へ

 あれからというもの……

 女装をさせられて『パパ』呼びを強要されながら、父上の執務室にいる事が多い。

 その合間に、母上とナンシーたち王宮メイドさんたちの日もある。

 ああでもないこうでもないと、着せ替え人形にされる日々を過ごしている。


 魔力訓練もちゃんと続けてはいるよ?

 教官の目が随分と優しくなったよ。

 たまに愚痴も聞いてくれるようになったんだ……




 今日は父上の日で「疲れたなー、パパ疲れたなー?」と、わざとらしく視線をこちらに向け、何かをねだる父上。



(そんな姿は見たくなかったよ、父上! 大臣たちや文官たちもそんな父上にどこか引いている気がするよ……)



 でも、知っているからな。

 お前らも俺からの言葉を待っているということを!

 どこかソワソワしているのを知っているんだからな!

 この姿の何がいいんだよ、ホントにマジで……



「パパ、頑張って。もう少しで休憩だよ! みんなも、もうちょっとだよ!!」


『うおおおお!頑張るぞおおおお!』



 女声を意識して、声をかける。

 ヤバい、傾国の美女みたいな状態だ。これはアカン。

 なんだこれ、アイドルか? いや、アイドルよりヤバいんじゃないか?

 まあ、母上やその他の奥様たちがちゃんと手綱を握ってくれるだろう、うん。


 その母上たちも俺の衣装に関しては、財布のひもが緩くなっていそうで不安だ。

 部屋に女装専用のクローゼットが追加されて、俺は引きつった笑顔が出たよね。

 サムズアップするんじゃないよ、ナンシー!





 父上の執務室で休憩時間に、前から考えていたおねだりをすることにした。



「ねえ、パパ? 城下街に行ってみたいんだけど……」


「どうして街に行ってみたいんだい、ディーネ?」


(ぐっ、もう自然とディーネ呼びになっている。……でも、俺はへこたれないぞ!)


「街の人の暮らしを見てみたいの。それと、何か欲しいものがないかなーって」

「ほお? 街の暮らしをね。欲しいものがあったら俺に言いなさい。なんだって買ってあげよう」



 ヤバい、俺一人のせいで国庫が危うい。

 大臣に目を向ける。

 大臣が意図に気づいたようだ。



「王よ、なんでもは言い過ぎですな。せめて民が暮らせる範囲内でなければ、民が困ります」


(お ま え も かっ!)



 なんだよ、民が暮らせる範囲内って! ギリギリまで搾り取るつもりか!?

 くっ、俺の一声でこの国が危うい。



「大丈夫だよ、パパ。無理のない範囲で欲しいものを探すから!」


「しかし、街か。こんなに可愛い『娘』を街に行かせて誘拐でもされたら、俺は発狂しそうだ……」


(今『娘』って言った? とうとう父上が本格的に『娘』って言った!?)


「ねえ、パパ? 私は『息子』だよ……?」

『……』


「ねえ、どうして? どうして、みんな静かになるの?」

「ディーネ? こんなに可愛い『娘』が『息子』なわけないじゃないか……?」


(自己暗示みたいなこと言い始めたぞ、この国王。この国大丈夫かな? ハア……)


「で、目的地はあるのかい、ディーネ?」

「う、うん。魔道具屋ってとこに行ってみたいの! もしかしたら、何か面白いものを作ってもらえるかもしれないから!」


「ふむ、魔道具か。大手だと、グリッジのところだな。あとは、今は寂れてしまったがドワーフのゾロのところか」

「グリッジさんとゾロさんのとこね。わかった! ありがとう、パパ!」



 俺のお礼にだらしない笑顔を見せる父上。

 目的地のことがわかったので、あとは移動手段だな!

 ここもおねだりしようと思ったが、先を越された。



「ふむ、一人で行かせるのは危険だし、距離もある。馬車を使って行きなさい」


「パパ、ありがとう! 大好き!」

「そうかそうか、大好きか……」


(ちょっとサービスしすぎたか? すごいデレデレとした顔を晒してるぞ……)





 そうして、馬車を用意してもらい、いざ王都の街へ!

 護衛も二人ついているし、御者さんもいるし平気平気。

 誘拐なんて怖くない、怖くない。

 フラグじゃないぞ、フラグじゃないからな!



「まずはグリッジ魔道具店ですね、お嬢様」


(この御者さんは俺のことを知らないんだろうな。騙してる気分で最悪だ)



 王都の街を馬車から見た感じ、区画はきちんと整理されており道幅も広い。

 よくできた通りだと思う。

 でも、暗がりにチラッと座り込んでいる子供の姿が見えた気がした。

 光があれば、闇もあるんだろうなこの国にも……


 どうにかしてあげたい気持ちもあるけど、今の俺には何もできない。

 中途半端に手を出すのは、かえってよくないだろう。

 いつかは救ってあげたいな……




 馬車は予定通り、グリッジ魔道具店にたどり着いた。

 パッと見の印象だが、なんか成金趣味の人が集まってきそうな店構えだな。



(まあ、大事なのは中身だろう。さっそく店内に入ってみるか……)



 御者さんに駐車場らしき場所まで馬車を移動させてもらい、俺は店の前で降りる。

 その際、護衛が手を差し出す。

 ぐぬぬ、こういうとこまでお嬢様扱い……

 だが、この護衛が悪いわけじゃない。


 むしろ、この護衛はスマートでよくできる方だろう。



「相変わらず手馴れてるな、このモテ男」


「当たり前だ。これくらいできなくて、なにが紳士か」

「へいへい」


 馬車から降ろしてもらい、護衛の二人が軽口を叩き合っている。

 それを不思議な表情で見ていたせいだろうか。

 真面目そうな護衛が「お手をどうぞ」と紳士的に振る舞う。

 俺はどうしても慣れず、もう一人の護衛のズボンを掴んでしまった。



「ハハッ、今回は俺の勝ちのようだな」


「勝ち負けなど競ってる場合じゃないだろう。俺たちはあくまで護衛だ」

「悔しいくせに~?」


「ふんっ」

「あ、あの仲良くお願いします……」


「そうですね。では、お嬢様。店内へ参りましょう。」




(喧嘩しないでくれ~。まさに私のために争わないで状態だったぞ、今の……)

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