第13話 シータ襲来

 シトシトと雨が降る音で目を覚ましたのはお昼前だった。


ゆっくりブランチを食べて、一息ついたところで、いつもなら一緒におしゃべりをして過ごす侍女達に休息取ると告げて、一人で部屋に籠った。


さて、私はこのズル休みを有効に使わないといけない。


ルイス様が、いつ来るか分からないし。


まずは状況を整えよう。


私はランドル王国のルイス王子の婚約者で、ベルカノン公爵家の長女、王立学園に通っていてルイス様と同じ17歳。


9月の卒業式の際に私達の成婚の日取りが決まる。


だけど、だけどもー!先日から私の夢に前世の断片が出て来て、この世界は前世でプレイしていた乙女ゲームの世界だと分かった。


分かったと言い切れるのは証拠となるモノを夢から持って来たから。


だいたい、夢からスマホって意味が分からないけど、、、と、考えつつ、手に持っているスマホを触ってみる。


ルイス様が触れてから、まーったく反応なし。


確かに持って来た時は光ってたのだけどね。


この世界に存在しないものだからかな?その辺もよく分からない。


乙女ゲームと言えば、マーゴット様がおそらくヒロインだと思うのだけど、何か変な感じもする。


悪役令嬢の私に対して、ルイス様の距離感が近いよね?


うーん、仮にこのまま円満に行くとしたらこの国にどんな弊害が出るんだろう、、。


誰かに相談すべき?知恵を借りようにも私の前世まで誰が分かるというのだろう。




 一人でぐるぐる考えて煮詰まっていると、コンコンとドアをノックする音がした。


「エリーゼお嬢様、お客様がお見えになられてます」


侍女のレンリーが私に言う。


「どなたがいらしたの?」


「バッファエル公爵家のシータ様です」


「えっ、シータが?何かしら、えーと大丈夫よ。私が応接室に向かうから、よろしくね」


何故、このタイミングでシータ?アズールなら伝令で来ることも分かるけど、とりあえず急いで用意して向かおう。


私は身なりを整えて、直ぐに応接室へ向かった。


コンコンとノックして部屋に入ろうとノブに手をかけるや否や、、、。

 

ドスっ、


「うわっ、シータ!」


「リゼ姉様〜!久しぶり!」


シータが飛びかかって来た。


元気過ぎる。


私は転けそうになりながらも、何とか受け止めた。


「久しぶり、シータ!お元気だった?」


「うん、元気だったよー。ルドルフもこんなに大きくなった」


シータは手で大きさを教えてくれる。


「ずいぶん大きくなったのね」


私も驚く大きさだった。


そもそも、ルドルフは我が家のリベロという愛犬が産んだ子犬である。


私達、バッファエル公爵家とベルカノン公爵家は国務を預かる家門同士なので、ルイス王子も含め、幼少期から合流が多い。


もしかすると未来の王を支えるための練習なのかも知れない。


更にホメロス事務官のご実家のアリスト公爵家と、ショッパーナ公爵家の二家門も合わせて四大公爵家と言われている。


残念ながら、ショッパーナ公爵家は私達と年齢が合う子供達が居ないのであまり交流がない。




「リゼ姉様にね、お話があるんだ」


ソファーに座ったかと思いきや、身を乗り出してシータが話し始める。


「どんなお話なのかしら、楽しみだわ」


にこやかに合いの手を入れる。


しかし、私の余裕はそこまでだった。


「僕ね、昨日リゼ姉様の事を襲った罪人の取り調べをしてきたんだ」


「えっ、罪人を?シータが?」


 これは他人に聞かせてはマズイのではと咄嗟に思った私は部屋から侍女たちに退室の指示をした。


侍女達は素早く出ていく。


「リゼ姉様、防音もしとくね」


シータが指をパチリとする。


「それでね、僕、罪人の首にある使役紋を辿ったんだ」


え?何?全く知らない話が始まって、私は動揺する。


「はっ?使役紋?禁忌の術よね。シータ、何で使役紋があると分かったの」


「最初はマーゴット王女殿下が気づいたんだって、爺ちゃんが言ってた」


「マーゴット様が?マーゴット様スゴイわね」


 マーゴット様、素敵!!と思わず燃え上がりそうになるが自重する。


「それで、何故シータが?」


「使役紋を辿るのはこの国で僕くらいしか出来ないから呼ばれたんだ」


「そ、そうなのね」


へぇ、シータって凄いのね。


目の前に居る10歳の少年に思わず感心する。


「そう。それで、リゼ姉様に聞きたい事があって来た」


「私で分かる事なら何でも答えるわ」


「うん、リゼ姉様このくらいの長四角で薄っぺらい板を持ってない?時々光るやつ」


シータは手で形を作って見せてくれる。


ウッソー!何で!?


顔には出さずに心で叫んだ。


それってスマホだよね。


えっ、えっどうする?ここで出す?いやいやいや、マズイよね?


もうパニックと言うか、またかと言うか、そう言う運命なのか?


急に変な汗が出て来たー。


どうしよう!!と、その時、部屋に光りが、、、。


あ、またやっちゃいましたかね私。


「リゼ!大丈夫か?」


ルイス様が降臨されました。


「はい、大丈夫じゃありません」


残念な表情で私がルイス様に訴える。


「ん、シータ?どう言う状況だ?」


「ルイス王子殿下、お久しぶりです」


ニコニコしながらシータが挨拶をした。




 ルイス様もやって来たので、一旦、侍女達を呼び戻してお茶を入れて貰う。


テーブルには美味しそうなお菓子が並んだ。


そして、再び人払いをする。


「さて、シータ。ゆっくり話を聞こうか?」


私の横に座ったルイス様が話を切り出す。


「はい、僕は今朝、罪人の使役紋を辿ったんだ。まずダルクを操った犯人を、あっ、ダルクは罪人の名前だよ。それで犯人を探そうとダルクから一人一人彼が出会った相手を辿っていったら、その使役紋の糸が、リゼ姉様の持っている薄くて長四角の板にも通っていたんだ。だから、それを確認するために来た」


ルイス様が驚きの表情を見せる。


「シータ、どれくらい辿った?」


ルイス様が質問する。


「だいたい150人くらい。でもね、リゼ姉様の板は何か変な感じで、一度辿れない場所に行ってから、その板に絡んで、また辿れない場所に伸びてるんだ」


あー、シータは完璧に辿っている。


使役紋って、もしかして、ゲームをしている人がこの世界を操作しちゃっているって事?


いやでもそれならゲームをしているのは誰?


私、多分あの世界では死んでいるよね???


私の脳内はぐるぐる迷走していた。


「リゼ、もう分かっている事は全部シータに話した方がいいかも知れないな」


ルイス様が私の頭に直接話しかけてくる。


「ルイス様、実は私の思考読んでいますよね?」


私はルイス様をジト目で見る。


「・・・全部は、読んでない」


び、微妙な回答がキター。


「あのね、僕には全部聞こえているよ」


シータが念話へ割り込む。


「うわっ!!」


私とルイス様は声に出して叫んだ。


「僕さ、だいたい全部聞こえるんだ。相手が思考を閉じてなければ」


シータは嬉しそうに言う。


「こっわー!」


私とルイス様の声が重なった。


「それなら、シータ。私がその板である"スマホ"を持ってるって、分かっていたのね」


「うん、だから来たんだ。見せて欲しいんだよ」


私はルイス様に目配せをする。


ルイス様は頷いた。


「分かったわ、ちょっと待っていて取ってくるから」


その場はルイス様に任せて、私は席を外した。




「シータ、この事は誰かに話したのか?」


オレはシータに聞く。


「うううん、爺ちゃんには確認したい事があるって言って出てきた。誰にも話してないよ」


こう言う素直なところは子供らしいんだよなーと思う。


「そうか、ならば状況によっては、三人の秘密にする可能性もあるからな」


「うん、分かった」


それにしても、怖い能力だな。


オレも油断せず、思考は閉じておこうと思った。


そこへ、リゼが戻ってきた。




「お待たせしました。コレです」


私はスマホを差し出す。


シータはそれを手の平にのせた。


そして、手から淡く黄色い光りを出し、包み込む。


しばらく、シータはそうしていて、私とルイス様はシータの手をボーっと眺めていた。


まさか、、、充電しているわけじゃないよねー?


イヤイヤ充電って、電気の概念もないのに無理だよねー?と私の思考はまたしても迷走していた。


しばらくするとシータが私に聞いて来る。


「動かしてもいい?」


「え?」


電池が切れてるかも知れないけど、、、。


次の瞬間、シータは画面を触った。


「はあああ!電源入った!?何でー?」


私が叫ぶ。


ルイス様も何で?と言った表情。


そして画面を覗き込む。


「オレと姫の絵画?」


ルイス様は呟く、、、そして固まった。


驚きで固まっている?


その横でシータが喋り出す。


「コレをを動かす力が抜けてるみたいだったから、かすかな残りの力を真似して補ってみたんだ。それでコレはどうやって使うの?」


私は前のめりになって手を伸ばし画面を指で横に撫でてから、パスワードを入れた。


すると以前に見た黒いドラゴンから何かを受け取る私の絵が出てくる。


「はあああ!?」


今度はひと際、大きな声をルイス様が出す。


「この絵がどういう場面なのか、私もよく分からなくて」


私はルイス様に詳しい事は分からないと伝えた。


「そうか」


ルイス様は力無い返答をする。


どうかしたのかしら?


ここまで話が進んだところで、私はシータに前世の世界でプレイしていた乙女ゲームと、この世界が似ている事などを話した。


「リゼ姉様、世界って次元を超えて、無数にあるから、前世という概念があっても別におかしな事では無いと思う。ただなぜ、今、このタイミングでリゼ姉様を前世の世界とリンクさせたのかが気になるんだ。誰がの力が働いてると思う。そして、僕が辿った線もその世界に行って帰って来ている。と言うことはこちらから何かして、誰かが姉様の前世を引っ張って来て繋ごうとしていたってことだよ。何かの利益のためにだろうけど、、、そこが重要かもね」


ちょっと待って、乙女ゲームならヒロインのことを悪役令嬢があの手この手で貶めようとして、断罪されるだけだよね。


私を狙ってきたって言うのは乙女ゲーム的には変だよね?


またしても疑問の展開だわ、、、。


「シータ、スゴイね何でも分かるんだ!」


私は素直にシータを褒めた。


「ありがとう。リゼ姉様がどうしてコレを持っているのかが分かったから、もう大丈夫。もっと先まで辿ってみるね」


「ああ、シータ頼むな。出来ればルータ以外には他言無用で。オレ達には情報共有してくれ」


「分かった。他の人には言わないよ。じゃあ調査の続きをするから帰るね。リゼ姉様、今度はルドルフ連れてくる」


「ええ、楽しみにしているわ」


シータは転移魔法で帰って行った。




 残ったルイス様と私。ソファーへ隣同士に座っているので近い。


逃げにくい!!


「いや、逃げなくても別に」


「ルイス様、あまり思考を読まれるのはちょっと、、、」


「分かった。気をつける。ところで、あのオレ達の絵には何か意味があるのか?」


ルイス様はテーブルに残ったスマホを指差す。


「あれはゲームの中の好きなシーンを保存したものなのです。私はマーゴット様が大好きだったので!」


私はハツラツと答える。


「そこはオレって言って欲しかった、、」


小声でルイス様が呟く。


「ん、何か言いました?」


「それにしてもリゼと姫ではなく、オレと姫なんだ?」


「それは、、ルイス様とマーゴット様が幸せになる話だったからです」


「何だと?」


「多分、私とルイス様は絶対に結ばれない様になっていて私は悲惨な運命の役です」


「絶対にその話と、この世界は違う!!」


ルイス様が怒りの声を上げる。


「オレはリゼとしか結婚しない」


うぉ!熱烈過ぎてビックリ!!!私の体温も一気に上昇する。


「な、なにを言うんです。ルイス様、それで無理に私を娶って王国に何かあったらどうするのです」


「どうにもさせないさ、シータに直してもらったんだろう。使えるものは使わしてもらおう」


スマホを指差す。


いやー、Wi-Fiないから期待出来ないけどね。


「Wi-Fi?」


ルイス様が首を傾げる。


やっぱり可愛い。


「ルイス様!!もうダメです。勝手に私の考えを読んだら口聞きませんからね!」


私はぷうっとほっぺたを膨らませて抗議する。


「ごめん、リゼ。もうしないから」


ルイス様がしょんぼりとしている。


可愛い!!


「絶対ですよ!」


私は念を押した。


それでも、絶対またしそうだけどね、この人は、、、。


「それより、リゼ!この茶菓子は美味そうだ。一緒に食べよう」


ルイス様に上手く流されて、結局ほんわかティータイムになってしまった。



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