第353庫 もふもふ散策 その8

「クーラ殿ぉぉおおおおっ?!」



 周囲にいる皆が振り向くほどの叫び。

 風花さんは咳払いを一つ、瞬時に平静を取り戻した。さすが、精神的な面に関しては鍛えられている。

 注目を集めたついでといわんばかり、白雪が唐揚げ串の宣伝をし始めた。


「白花串屋、自慢の唐揚げ串できたてだぞーっ! 可憐な妾がボワっと焼いた特別バージョンも販売中だぞーっ!」


 白雪が華麗な決めポーズと共に、火を吐いてこんがりと仕上げる。


「……師匠?」

「にはは。パフォーマンスも大事だ」


 このドラゴン、時代の吸収力が半端ない。

 その時、フードを被った男が通りがかった。こちらも見覚えのある顔、どうやら今日は色々な人に出会う日のようだ。

 フードの男は野性味溢れる笑顔にて、


「そこの可愛いお嬢さんが焼いた串を一本もらおうか」

「貴様、わかっておるな。特別にもう一本サービスしてやろう」

「腹が減って仕方なかったんだ。喜んでいただこう」

「……カレアス、なんでここにいるの」


 しかも、尻尾をだしている。

 ウィンディア・ウィンドの王として、誰かに見られたりでもしたら――どうするつもりなのか。

 カレアスは気にすることなく尻尾を振り、


「心配するな。お前の言う通り、俺はカレアスだからな。タイミングよくお前たちの話を耳にした。この広い世界、確かに他人の空似が一人くらいいてもおかしくはないだろ」


 悪戯気にカレアスが笑う。


「それに、なにかあったとしても――お前が王として揉み消してくれ。国を動かすということは、裏工作というものは必須だ。練習台として俺を使ってくれて構わない」

「……豪快すぎる」

「あっはっは。活気に満ち溢れて素晴らしい国じゃないか。いてもたってもいられなくてな、自然と足を運んでいたんだ」

「皆揃いも揃って、招待日より前に来すぎだよ」


 大人しくしている面子でもないか。

 カレアスと喋っている最中、僕はある視線に気が付く。風花さんがこちらを呆然とした顔付きで見ていた。

 ほんのりと、頬が――赤く染まっている。


「クーラ殿、そちらの方は?」

「えーと、なんていうか」


 僕は言い淀む。

 さすがに、風花さんといえど――この場で他国の王様です、なんて正体を明かすことはできない。

 現在はモーフルではなくカレアス――それだけでいいだろう。


「世界を旅する風来坊カレアスだよ」

「カレアス殿、というのだな」

「初めまして、綺麗なお嬢さん。経緯は割愛するが、クーラとは酒飲み仲間みたいなものだな」

「わ、私は風花と言います」

「よろしく、風花」


 カレアスが屈託のない笑顔で返す。

 あ、これ――もう完全に理解した。風花さんの目がハートで埋め尽くされている。風花さんの理想の王子ってこんな感じだったのかぁ。

 ある意味、王という括りではいい線いっている。

 無論、風花さんはカレアスの立場など知らないのだが――どことなく、局長に似ている部分が好きになるキッカケだった可能性もある。

 風花さんはカレアスに歩み寄り――勇ましく手を握った。


「貴殿に一目惚れしました。どうか結婚を前提に、私と一戦交えていただけないでしょうか?」

「あっはっは。クーラの仲間は面白いやつばかりだな」


 どうやら、カレアスは冗談と思っているようであった。

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