第352庫 もふもふ散策 その7
家出、家出か。
家族同然だった紅桜組でなにがあったのか。僕も他人事ではない話、紅桜組はとてもお世話になった場所だからだ。
風花さんは神妙な面持ちにて、
「クーラ殿、私の年齢は知っているだろう」
「僕と同い年くらいでしたよね」
「サンサンでは、20歳までに嫁ぐのが一般的でな。最近になって局長が私の心配をし始めて、暇を見てはお見合い話を持って来るのだ」
お見合い話かぁ。
運命の赤い糸というものは、どこで繋がるかはわからない。全然悪い話ではないと思うが、家出するくらいだ――風花さんには理由があるのだろう。
風花さんは普段の凛とした表情とは正反対に、
「……わ、私は、自分で、運命を見つけたいのだ。その、なんていうか、その、クーラ殿ならわかってくれる、だろう」
なにやら、乙女な空気を感じる。
申しわけないが――全然わからない。中々本題に入ろうとしない風花さんに痺れを切らしてか、白雪がやれやれといった風に言う。
「こいつは王子様とやらを探しているんだ」
「し、白雪殿っ?!」
なんか記憶にある。
以前、局長が王子様思考がどうとか話していたはずだ。風花さんの慌てぶりから察するに本気だということは理解できる。
まあ、可愛らしい夢じゃないか。
「……クーラ殿、何故笑っている?」
「いや、馬鹿にしてるわけじゃなくて――普通に微笑ましいなぁって」
「あっはっは、盛大に笑い飛ばしてくれてもいいのだ。笑え、笑ってくれ、夢物語が過ぎるとな」
「にははっ! 現実を見ろっ!」
「白雪殿、本当に笑わなくてもいいではないかっ!」
「貴様が笑えと言ったのだろうっ?!」
「長く生きているドラゴンなら、人生の先輩として優しい意見とかアドバイスをくれるとかあるだろうっ!」
「えぇー、妾そういうの苦手だから」
存外、気の合うコンビなのか。
この間も訪れるお客様には――きちんと対応している。会話しながらでも隙がないのはさすがの一言である。
風花さんは一心不乱に唐揚げを作りながら、
「そういうわけで、新天地で出会いを求めて来たのだ」
「えぇっ、どういうわけでっ?!」
「クーラ殿、私は別に――本物の王子様を探しているわけではない。ただ、一度でいいから胸に矢が刺さるという経験をしてみたいのだ」
少女漫画の世界である。
「風花さん。私は、その気持ち――わかります」
「おぉ、ナコ殿っ! わかってくれるかっ?!」
「私、矢が刺さったことありますからっ! いえ、今も刺さっていると言った方が正しいのでしょうかっ!!」
フンッと、鼻を鳴らしながらナコが反応する。
僕はナコの気持ちを知っている。絶対、ナコの胸に矢を刺した相手って――どう考えても一人しかいないよね。
「運命だと思いました。私、その人の側にずっといようって決めたんです。今も振り向いてもらえるように――頑張っています」
「なんて健気な――ナコ殿なら、振り向いてもらえるぞっ!」
「本当ですかっ?!」
「ああ、断言しようっ!」
ナコと風花さんが盛り上がり始める。
「ち、ちなみに、意中の相手の名は――聞いたりしてもいいのだろうかっ? 名は体を表すというかイメージしてみたいのだ」
「クーラです」
「冷静沈着な空気をまといながらも、どこか優しく包み込んでくれそうな――そんな雰囲気を感じる」
数秒後、風花さんが物凄い勢いで僕に視線を移す。
「クーラ殿ぉぉおおおおっ?!」
「はい。クーラです」
ナコの言葉は一文字の狂いもなく、僕の想像通りであった。
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