第338庫 隙間の気配

 ペルファリア大山脈から帰還して――1週間が経っていた。

 経っていた、というのは僕が今その情報を耳にしたからである。過去の記録を上回るレベルで無茶をし過ぎたせいか、僕はホームのベッドから動けずにいた。

 魔力はまだ全回復しておらず、気怠さが残っている。

 そして、目の前には――鬼の形相のゴザルが腕を組んで立っていた。もうすでに雰囲気から読み取れる。

 ゴザルは怒りの感情を隠すことなく、


「大まかな話は、ホムたちから聞いたわ」

「心配かけてごめんなさい」

「ごめんなさい、じゃ済まないわよっ! あなた、ホームに着くなりぶっ倒れて目を覚まさなかったのよっ?!」


 ゴザルが勢いよく詰め寄り、


「国建てるどころか、お墓建てるつもりっ!?」

「反論の余地もございません」

「どうしていつも綱渡りなのよっ!」

「うっ、その点については、どうしようもないというか」


 この世界は理不尽である。

 今回のシークレットの出現にせよ、予期せぬ事態が多々起こるのだ。今日にいたるまでにも散々な目にあっている。

 それは、ゴザルも周知の事実だろう。


「……わかってる。どうしようもないことくらい、わかってるわよ。でも、愚痴ったっていいじゃない」


 感情が一転、ゴザルがポロポロと涙を零す。


「ソラが死んだら、私たちどうするのよ」

「今のは失言だった」


 僕はゴザルの涙を指で拭い取る。


「君に、反論させないために――言ったわけじゃないんだ」

「……知ってる」


 ゴザルが僕の肩に頭を乗せる。

 ゴザルは強い、強いのだが――唯一の弱点がある。以前、ニャニャンが裏切ったように見せた時、驚くくらいに取り乱していた。自身の身体はどれだけ傷付こうと立ち上がる反面、自身の心だけはガラスのように脆く崩れやすい。

 最強であり――最弱でもあった。


「ゴザル、落ち着いた?」

「……もう少しだけ、ソラの体温を感じさせて」


 僕はゴザルを抱き寄せる。


「こうした方が、体温は伝わるかな」

「……ソラ」

「死ぬことはない、なんて口約束はできないけれど――今回のように、とことん足掻けるだけ足掻いて帰って来るよ」


 言いながら、とある視線に気付く。

 いつの間にか寝室の扉が少し開いており、その隙間から――どす黒いオーラが漏れているような気がした。

 いや、気のせいでは――ない。


「……クーラ?」


 ナコが見ていた。

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