第307庫 襲撃者 その3

 静寂。

 嵐の前の静けさと言わんばかりに、ゴザルとアラシ――刀の柄に手を置いたまま微動だにしない。

 達人同士の戦い、自然に訪れる開戦の合図を待っているかのようだった。

 永遠にも感じられる間、誰かが大きく息をしただけでも――時間が動き出しそうな気配がある。


「へくちゅん」


 その時、ポンズがくしゃみをする。

 なんとも可愛らしい擬音、出物腫れ物所嫌わずと――生理的現象なので致し方ないことである。

 本人は空気的に気になったのか、両手で顔を覆いながら、


「……ぁ、ごめ」

「雷の刃――雷閃」

「風刀――風月」


 一閃と一閃。

 どちらも、当たれば即死級という技をスレスレの間合いで繰り出し合う。響き合う金属音、軍配は――ゴザルに上がった。

 アラシの刀が粉々に砕け散ったのだ。


「……これはヤバいわ。なんつー火力やねん」

「終わりよ」


 無手。

 メインの武器がなくなった今――アラシに次の一撃を迎え撃つ手はない。ゴザルの勝ちだと誰もが確信していた。

 ゴザルの追撃、大量の鮮血が飛び散る。


「……っっっ」

「終わりってのはな、首と胴体を斬り離してから言うんや」


 一体、なにが起きたのか。

 ダメージを負ったのは――ゴザルの方だった。胸の中心から赤い血が流れ出し、足元を染めていく。


「初見殺しやろ? 誰もが今の一連の流れから勝利を確信して敗北する。"澄刀とうとう"――これがワイの超越者スキルや」


 アラシの手にはなにもない。

 だが、付着したゴザルの血が――正体を明らかにしていた。まさか、目には見えない刀とでもいうのか。

 アラシは崩れ落ちるゴザルを見下ろしながら、


「ワイの勝ちや」

「……さっきの言葉、そっくりそのままお返しするわ」


 瞬間、アラシの右腕が宙を舞う。

 崩れ落ちる直前、ゴザルが身を翻し――そのまま、アラシに一撃を浴びせたのだ。

 アラシは驚愕の表情を浮かべ、まだ襲い来る相手に目を見開いていた。


「……化け物か? 心臓貫いとるんやぞっ?」

「首と胴体を斬り離してから言うべきだったわね」


 騙し騙され――戦いはまだ終わっていない。

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