第285庫 手負いの獲物

「"氷手裏剣ひょうしゅりけん"っ!」

「風刀――神風かみかぜっ!」


 視界を埋め尽くすほどの手裏剣が飛来する。

 だが、アラシはその圧倒的な物量を物ともせず――一直線にライカのもとに飛び込んだ。その速度は尚も上昇しており、目で捉えることのできる範囲を超えていた。

 凶刃がライカの中心を風のように通り抜け、


「これは――1本取られたわ」


 アラシが舌打ちしながら呟いた。

 真っ二つになったライカの身体が――消え去ったのだ。またも分身体、なんて精巧な分身体なのか――驚くべきは、アラシに受けた上半身の斬り傷すら寸分の狂いもなく投影されていた。

 本物は――と、意識した瞬間にはもう遅い。

 忍者が一分の隙も見逃すはずもなく、ライカを屠るべく渾身の一撃を放ったアラシに死の影が忍び寄る。


「ライカの勝ち」


 ライカの破り捨てた忍び装束が、アラシの背中に舞い落ちる。

 一瞬にして形状が変化、ライカの姿が現れて身体に纏わりついた。ライカは冷淡な表情にて――アラシの耳もとに顔を寄せる。

 フッと、囁くように――息を吹き込みながら、


「"氷息こいき"――氷漬けになっちゃえ」

「……がっ、あっ!」


 アラシが身震いする。


「おっさんは風が得意属性なんだよねぇ」

「おっさんはやめろ言うとるやろ」

「ライカはね、氷なんだぁ」

「人の心を気軽に抉る冷血ピンク狐にピッタリやないか」


 ピキピキと音を立て、アラシの身体が凍り付いていく。

 アラシの口から白い吐息が漏れ、体内から制圧されているというのがわかる。

 最早、動くこともままならない状態だろう。


「ワイの初撃、意図的に受けよったな?」

「追い詰めた手負いの獲物は甘く見ちゃうよねぇ。流れる血は敗北が近い証、でも完全に流れ切るまでは終わってないんだよ。油断しちゃ駄目、ライカも散々痛い目にあってきたからわかるんだぁ」

「まさか、子供に勉強させられるとはな」

「お祖父ちゃんの受け売りだよ」

「祖父さん、優秀すぎるやろ」


 アラシはケラケラと笑いながら、

 

「しかしな、まだや」

「まだ? 往生際が悪いねぇ」

「負けは負け――その点については男らしく認めたる。でもな、ピンク狐の話を用いて言うたろか? ワイの血は完全に流れきっとらん」

「……っっっ!」


 瞬間、アラシが自身に刀を突き刺した。

 道連れにするつもりだったのか、その切っ先がライカの腹部をかすめる。なんとか身を翻して致命傷は避けていたものの――アラシから距離を取ることになる。

 アラシは大量の血を吐き出しながら、


「ワイはまだ――終わっとらんのや」


 執念を宿した瞳、鋭い眼光は消え去っていなかった。

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