第217庫 絶妙な塩加減

 視界一面に広がる青の光景。

 澄み渡る空、蒼く透き通った海、大陸龍に初めて乗った時のような感動が――僕の胸を満たしていた。

 息を呑むほどの美しさに――自然と見惚れていた。

 空を飛んでいる最中、数多のモンスターとすれ違っていくが――誰も白雪に干渉してくることはない。


 圧倒的な強者――最強種、本能が触れることを回避しているのだろう。

 結構なスピードがでているにも関わらず、ライカはバランスよく白雪の身体を動き回っている。

 白雪曰く、自身を僕たちごと魔力で保護しているので落下することはないというが、その安心があっても念のため動かないのが大人である。


「うわー、空を飛ぶのって気持ちいいねぇっ!」

「うんうん、風が心地いいよね。手土産に持たせてくれた、風花さん特製のおにぎりでも食べる?」

「食べたい食べたーいっ!」

「貴様ら、妾の背で遠足気分かっ!」

「緩みすぎても駄目だけど、緊張しすぎても仕方ないからね」

「一理あるか。妾にも一つくれ」

「えっ? 別にいいけど――ドラゴンの状態で食べても満たされるの?」


 僕は白雪の口もとにおにぎりを運ぶ。

 サイズが極端に違いすぎるため、僕たちでいうところの胡麻一粒くらいの感覚にしかならないのでは――と、そう思った矢先、白雪が人間の姿に変化した。

 急に足場を失い、僕とライカは空に投げ出される。



 ――「「ぎょわぇえーっ!」」



「んまんまっ、塩味加減が絶妙で美味しいなっ!」


 白雪がホクホクとおにぎりを頬張り始める。


「おにぎり食べてる場合じゃないよねぇっ!」

「本当だよっ! 保護はっ? 魔力の保護はどこにいったのっ?!」

「妾の身体に触れていないと適用されないぞ」


 後出しすぎぃっ!

 僕たちは空中遊泳しながら、なんとか白雪の身体にしがみつく。

 ま、マジで死ぬかと思った――いや、もう気分的には死んだ。


「暑苦しいな。落ち着かないか」



 ――「「落ち着けるわけないでしょっ?!」」



 白雪がやれやれとドラゴンの姿に戻る。

 慌てる僕たちを見て、白雪が気分よく翼を羽ばたかせているのに気付く。

 あ、これ――間違いなくいつものやつだ。


「にはは」

「師匠、どっきりびっくり大成功とか言わないでね」

「……ぁ、安心しろ。言うわけないだろう」

「嘘だぁーっ! 絶対に言うつもりだったよっ!」

「……」

「白雪、聞いてるのぉっ?!」

「んっ? 妾の高貴な翼の音で声が聞き取れないな」

「むがーっ!」


 ライカの抗議を白雪が大人気なくスルーする。

 つい先ほど、ドラゴンってめちゃくちゃ耳がいい風に話してたような――まあ、無事だっただけよしとするか。

 遅ればせながら、僕とライカもおにぎりを食べて人心地付く。


「美味しいねぇっ!」

「う、まっ、美味すぎるっ! 師匠の言う通り、塩加減が絶妙なんてレベルを超越しているっ!! 塩だけ――塩だけでっ?! 一体、どんな作り方をしているんだ? 塩が特級品ということなのかっ!? いや、違う、僕は大事なことを見落としていたっ! これは風花さんの愛情が入っているからこそ成り立つ味に違いないっ!!」

「クーにぃの反応ウケる」


 サンサンを発ってからすでに数時間ほどが経過していた。

 小さな島はいくつも見当たれど、国が存在するような大陸はまだ見えない。

 空はだんだんと暗闇に染まっていき――完全に日が沈む。

 白雪が頭上に火を灯し周囲を照らしながら、


「クーラ、北東に飛び続けていて問題はないのか?」

「僕の予想が正しければ、大陸が見えてくると思う。ただ、どれくらいの距離があるかは掴めていないんだよね」


 レイナさんが流れ着いた海岸を基準にする。

 夜叉にあった文献、流の王国ウィンディア・ウィンドに関する交易内容、風と波の一定の動きから一種の予測を立てた。

 脳内にてオンリー・テイルの世界地図に照らし合わせた結果――陽の国サンサンは遥か南西に位置する大陸ではないかという仮説が浮かび上がる。


「距離が不明ならば、少しだけスピードを上げるぞ」


 白雪の全身が紫色の炎に包まれる。


「疾走れ――"紫風しふう"っ!」


 白雪のスキルが発動。

 空間を駆け抜けるかのごとく、まるでワープしたかのように――僕の視界の景色が一転していくのであった。

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