第175庫 まさかの出戻り

 ライカが意識を取り戻し、触手に縛られた状態で暴れ回る。


「リボル、なんだこのフザケたピンク頭の子供は? 我の興を削ぎおって――まずはこいつから殺しても問題ないか」

「ああ、別に構わないよ」


 フレイムドルフのあり得ない要望。

 リボルが即答したことに――その発言をしたフレイムドルフ自身も一瞬驚いた表情を見せた。

 無論、ライカは目を見開きながら、


「えっ? こ、殺す? う、嘘だよねぇ、マスターっ!」

「嘘じゃない。ライカ、あっさりやられちゃってさ――君はもう用済みだ」

「な、なんで、なんでそんなひどいこと、言うのっ? ライカは、ずっと、マスターのために」

「あっはっは。そういうのいらないよ」


 リボルがライカに近寄り、髪を引っ張り上げる。


「負けたんだろ? 弱いやつは俺のギルドにはいらない」

「う、嘘、だぁっ! マスターがそんな、こと、言うわけないもんっ!」

「ライカ、現実を見なよ。何度でも言ってやる――弱いやつはいらない、君はもういらないんだ」

「……ぃ、いやだぁ、見捨てないでっ! 見捨てないでっ!!」


 ライカが泣き叫ぶ。

 それは見ていて――胸が締め付けられる光景だった。リボルのことを親同然に慕っていたのだろう。

 僕は触手を解除、ライカが自由に動けるようにするが――精神的ショックによるものなのか、微動だにしない。

 ライカは顔をぐしゃぐしゃに――その場で涙を流し続ける。


「くっくっく。ピンク頭、主人を見る目がなかったと後悔するのだな」

「う、あぁっ! マスター、マスター!」


 振り下ろされた狂剣を――僕は籠手で受け止める。

 その衝撃にて大量の血が口から噴き出す。腹部の損傷は紙を貼り付けたくらいの治療しか済んでいない。


「……触術師クーラ、まだ動けたか」


 動けたんじゃない――動いたんだ。

 もう僕の身体はとっくに限界を超えている。いつ意識を失ってあの世に旅立ってもおかしくないレベルだ。それでも、ここで立ち上がらなくては――死んでも後悔する。

 動く原動力はただ一つ、怒りの感情以外になかった。

 泣いている女の子を、放置することなどできようか? 

 見た目は女性であれど――僕は男だ、男なのだ。


「ライカ、逃げろ、逃げるんだっ!」

「な、なんで? クーラ、お姉さん?」

「今、敵味方は関係ない――黙って君が死ぬのを見たくなかった」

「うぅ、うぅあうっ」


 ライカの走り去る音が響く。

 忍者ならば、全力で逃げれば追い付けるジョブは少ない。こんな形でしか守れなかったけれど――生き延びることを願うばかりだ。

 剣の重圧に負け、僕は膝を付く。


「バカを一人逃したところで、なにがどうなるというのだ? お前のやっていることはよくわからんな」

「男なら当然の行いだよ」

「ますます意味がわからん。お前との話はもう十分だ――さっさと死ね」


 フレイムドルフが再度剣を振り上げる。


「ライカ、戻って来たよぉっ!」


 その時、ライカの声が背後から響き渡った。

 まさかの即出戻り、予想外の展開に――皆の動きが静止する。フレイムドルフすらポカンとした表情をしていた。


「ライカも、ライカもね、クーラお姉さんに死んで欲しくないって思ったぁっ! だったら、助けるしかないって考えたのっ!!」


 ライカが上空に跳躍し――印を結ぶ。

 ま、マジで? 助けようという気持ちは素直に嬉しいけれど――何故、戻って来ちゃったんだ? この強者揃いの面子に生半可な忍術では焼け石に水、一体どう道を切り開こうというのだ? 

 僕はライカの手の動きを見やる。


「狐、懇懇、懇々懇っ!」


 いや、なんの印だ、これ? この印は僕の記憶になかった。


「忍者ライカ、超越者スキル"禁術"――口寄せ、九尾ぃいいっ!」


 ライカが天高く指を掲げた。

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