第98庫 謎の大都市

 50階に到達。

 眼下に広がる一変した光景に――僕とゴザルは思わず立ち止まる。


「……なによ、これ」

「王宮の地下にこんなものが存在したのか」


 一つの大都市が目の前に存在していた。

 中心には大きな城があり、文明が栄えていたことが容易に想像できる。同時に誰もいないゴーストタウンだということも理解できた。

 人の気配がまるでしないのだ。

 だが、建物は風化されていることもなく保たれた状態だった。なにか特殊なもので保護されているのかもしれないが、その平常さが異常さに拍車をかけている。

 ダンジョンという規模を遥かに超越していた。


「ちょ、ちょっと怖いわね」

「ゴザルはこういうの苦手?」

「お化けがいそうな場所とかは駄目なの」

「全くそんな風には見えない。力尽くで除霊できそうなタイプなのに」

「私のイメージってどうなってるのよっ!」


 自身を落ち着かせるようゴザルは深呼吸を繰り返し、


「よし、気を引き締めて行きましょう。このどこかにナコちゃんとキャロルさんがいる可能性は高いわ」

「となると、一番目立つあそこしかないか」

「そうなるわね」

「まだ魔力感知が未熟な僕でもわかる。あの城――とてつもないやつがいる」

「ええ。化け物がいるわ」


 僕たちは一直線に駆け走る。

 驚くことに、街中からモンスターの気配は微塵も感じない。その閑散とした空気、静けさが嵐の前兆のようにも思える。


「私たちも50階に来ると考えていたら、あの城の周辺で待機していると思うわ。このイレギュラーな事態、二人だけで突撃するには危険すぎるもの」

「ナコだったら突撃してそうで怖い」

「大丈夫、今回はキャロルさんというブレーキが付いているわ。そういう意味では30階で出会えたことは運がよかっ」

「むごっ」


 ゴザルが言いかけて急停止、ついでに僕の顔を掴んで制止する。


「待って、なにかいるわ」


 ゴザルの視線の先、不規則に蠢く巨大な影が見えた。

 城に向かう道中、曲がり角から――異様なものがでてくる。僕とゴザルは即座に横の建物の中へと退避した。

 真正面から遭遇しないに越したことはない。


「……声を潜めて」

「……むぐっ」


 ゴザルが僕を胸に埋める。

 ここまでしなくとも、自分で声くらい抑えられるのに――柔らかい部分が顔に当たって違う意味でドキドキしてくる。

 その体勢のまま一分ほど、僕はゴザルの心音を聞き続け、


「行ったわ。なんだったのあれ」

「……」

「ソラ?」

「……い、息が」

「きゃぁああっ! ごめんなさい!!」


 少し名残惜しいが解放される。


「ふぅ、ありがとう」

「どういう意味のお礼なの?」

「こっちの話、それで今の影の正体は?」

「銀色の丸い個体、完全に機械だったわね」

「機械? オンリー・テイルの世界設定には、そんな近代的な技術や科学は存在しないはずだよね」

「だけど、現実に私たちの目の前にいる。ロボットという方が当てはまるかしら。私の魔力感知に引っかからないわけだわ。一体どの形態に分類されるの? あんな種類のモンスター記憶にないわよ」

「シークレットかもしれない」

「シークレット? 面白い言い方するのね」

「前にホワイト・ホワイトでも似たようなことがあったんだ。固定のフロアボスとはまた違う、ゲーム時でも未確認のモンスターがいてね。その時に出会ったプレイヤーがそう称していたんだ」


 未確認だらけの事態。

 機械文明なんてオンリー・テイルの世界観がひっくり返る。この大都市にはどれだけの秘密が隠されているのだろうか。

 ゴザルは周囲を伺いながら、


「しばらくの間、ここに身を潜めましょう。あの銀色――シークレットが1体だけとは限らないわ。今すぐ不用意に動くことは避けた方がいいと思う」

「勢いで入ったけど、ここってどこなんだろう」

「中を探索してみましょうか」


 僕とゴザルは建物の奥に足を運ぶ。

 やはり、外観から見たのと同じく――内部も風化された様子はない。今ここに人が住んでいたと言われても信じるだろう。魔法的ななにかで建物自体がコーティングでもされているのだろうか。

 建物の中心に飾られた大きな剣と盾が目に入る。


「騎士団の施設みたいなものかしら」

「可能性は高そうだね。もう少しこの大都市について探ってみようか」


 僕は本棚の書物を手に取る。

 緊急として偶然入った建物だったが、なにか情報の得られる貴重な場所だったかもしれない。

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