第18庫 ひとときの安息

「少しのぼせたようですね。安静にしたらすぐに回復すると思います」

 

 ミミさんが濡らしたタオルをナコの額に置く。


「……はぁ、大事じゃなくてよかった」

「お姉様も大丈夫ですか? ここまで距離があったと思いますので」

「大丈夫。ナコ一人くらい軽いもんだよ」


 僕たちは村の離れの小屋に来ていた。

 村総出で僕をかくまっているとなると、ミミモケ族に対して強く当たる理由を与えてしまう。休むにしても目立たない場所をお願いしたのだ。

 ここならば、コールディンの追手が来たとしても――バレる前に逃げ切ることが可能だろう。


「ファーポッシは三国の管理下に置かれていたよね」

「……管理下なんて大仰にいっても、あるだけマシかなくらいの弱い法です。お姉様、近辺の内情についてお詳しいのですね」

「オンリー・テイル公式ファンブックを読み込んでいたからバッチリだよ」

「ふぁんぶっく、ですか?」

「実は法に詳しいんだ」


 僕は慌てて言い直す。

 三国の管理下に置かれている街や村では、ミミモケ族を捕らえることは禁止されている。

 だが、ミミさんの言う通りこの法も薄っぺらいもので村の外での狩り最中や、口数のまだ少ないミミモケ族の子供など、法の穴を掻い潜っては無理やり捕らえて売買している輩は大量にいるのだ。


「私も多少腕に自信はあるのですが、最近手強い盗賊が増えてきたのです。逃げ切ることが難しく、村の子供を人質に一緒に捕まってしまいまして。そこにお姉様が来てくれたのです、まるで天使が降臨したのかと錯覚しました。もうこの村での新しい信仰にお姉様の像を建てようと村長にお願いしたのですが保留にされてしまいまして。まだ諦めていません、必ずやお姉様を新しい村の神としてですね」

「保留中なんだ?!」

「失礼、ついつい熱が入って喋り込んでしまいました。ご飯のご用意ここに置いておきますので、ゆっくり食べて休んでください。せっかくなので、ナコさんの剣に刺さっていたガルフを拝借して調理しました」


 ミミさんがテーブルに食事を並べていく。

 以前、食堂で食べたスペシャルガルフ定食によく似ているけれど――地域特有の調理法だろうか、すごく食欲を増長させる匂いを放っている。


「村周辺にある木の実、野草、色々混ぜ込んだ特殊なスパイスなんです。村伝統の味でしてお口に合うといいのですが。それと、こちらもぜひ召し上がってください」


 と、ミミさんが追加で丸い物体をテーブルの真ん中に置いた。


「ガルフの目玉です。新鮮な状態でしか生で食べることができず、疲労回復に効果抜群なんです。さあ、召し上がってください」


 ぷるるんと目玉が揺れる。


「ぎゃわわ、グロテスクーっ!」

「さあ、お姉様っ!」

「ほわーっ!!」

「さあっ、あーんしてくださいっ!!」


 ミミさんが僕の顔をワシ掴み、勢いよく目玉を口に放り込む。

 い、意外と美味し――くなぁい! 

 生暖かさのある酸っぱいゼリーとでもいおうか、絶妙な味と口触りに一瞬意識が飛びかける。


「◯△×!◇?!」

「お姉様、我慢です! 良薬は効果が高いぶん不味いものなのですっ!」


 僕たちが騒いだせいか、後ろの方でもぞもぞと布団の動く音がして、


「……んんっ。おはよう、ございまにゅ」

「あら。ナコさん、体調の方はいかがですか?」

「あ。私、お風呂でのぼせちゃって――も、もう大丈夫です」


 ぺこりと、ナコが会釈する。

 ナコもミミさんに慣れてきたのだろう。僕の背中に隠れるようなこともなく、少しずつ口数も増えていく。

 ナコが起き上がり、その場でくるっと一回転しながら、


「私の服がキレイになっています」

「いつまでも奴隷服ではどうかと思いまして。私のお古で申しわけないのですが、動きやすく女の子らしいものをお着せしました」

「……嬉しいです。大事にしますね」


 胸もとにリボンの付いたワンピース。

 黒を基調としており、ナコの見た目によく似合っていた。

 すごく可愛いらしいと気の利いた言葉でも言いたいところだが――口の中に残っている目玉の後味が半端なく、意識を繋ぎ止めるのに必死だったりする。

 ナコが机に突っ伏しながら震える僕に気付き、


「な、なにかあったんですかっ!?」

「ふふ。ナコさんもこれ――食べてくださいね」

「えっ? うぎゃぁあああーっ?!」


 そりゃ目玉だからもう一個あるわな。

 ナコのぶんも食べてあげたいが――僕はもう戦闘不能である。

 ミミさんが僕と同じくナコの顔を無理やり掴み、


「はいっ、あーんしてくださいっ!」

「いやぁああっ! く、クーラ、助けて」

「疲労回復に効くらしいよ」

「クーラ?」


 その後、三人で他愛もない話をしながらミミさん特製の美味しいご飯を食べた。

 なんだかそれが――とても懐かしい気持ちになる。

 つい最近まで家族とこうして食事をしていたはずなのに、当たり前だった日常が今は遠くに感じ得る。


「「ご馳走さまでした」」


 僕とナコ、二人同時に手を合わせる。

 タイミングのよさに、ミミさんが「仲良しですね」と微笑んだ。僕とナコは顔を見合わせながら笑い合う。


 食事後、疲労はマックスに近かったのだろう。

 僕とナコはすぐに布団に倒れ込んでしまう。まぶたが少しずつ重くなっていき、ミミさんが静かに扉を閉めていく姿が視界の端に見えた。

 こんな暖かな日が続くことを願い、僕たちは深い眠りに就く。


「お姉様、ナコさん。ゆっくりおやすみなさい」




 ミミさんの元気な姿を見たのは――この時が最後となった。

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