第19庫 急襲

「クーラ、クーラ! 起きてくださいっ!!」


 尋常ではないナコの激しい声に、僕は即座に目を覚ます。


「村の方から悲鳴が、明らかに様子がおかしいです」


 ナコは耳がいい。

 種族の特性は顕著に現れるのか、僕には聞こえない音も的確に感知している。

 悲鳴ということは間違いなくよいことは起きていない。

 僕はナコの頭に手を置いて言い聞かせるよう、


「ナコはここに隠れていて、僕が村の様子を見て来る」

「いやですっ!」

「ナコ」

「なにがあろうと離れません、離れたくありません」


 力強い瞳だった。


「子供だからと侮らないでください。この世界に順応するためにも私は起こること全てを見ておきたい。一生付いていくと誓ったのです」


 その言葉に僕自身の覚悟がまだ足りなかったのだと自省した。

 危険に立ち向かう時は仲間だからこそ共に、今できる最善の形で挑まなくてどうする?

 ナコが魔装デバイスをONにして戦闘態勢に入る。


「私はクーラと共に行きます」

「ありがとう。一緒に行こう――ナコ」


 村の離れの小屋を飛び出る。

 暗闇の森を駆け抜けて向かう先は一つ、ファーポッシ村だ。

 一~二キロくらいの距離はあるが、今の僕とナコならば数分とかからないだろう。


 何度かの戦闘を繰り広げ、自身の身体能力がもとの世界の時より遥かに向上していることは理解していた。

 ステータスの数値がないため、この身体能力はレベルだけを基準に強化されているのかは不明である。


 懸念していたネームドが村に出現したのか?

 村の皆、ミミさん、どうか無事でいてくれと願う。だが、無情にもたどり着いた先に待っていたのは――、


「ミミ、さん?」


 ――地獄のような光景だった。

 燃え盛る村、そこら中で横たわる村人たちの死体、原因がモンスターならば理性がないからと昂ぶる感情をある程度は抑え込めたかもしれない。

 男が二人、耳障りな声で高らかに笑いながら、


「ああー、歯向かって来たやつはこいつでラストか?」

「おいおい。カルン兄貴、男は皆殺しで女は少し残しとこうぜ?」


 騒動の中心にいたのは人間だったのだ。

 男女混合三人組のパーティ、その一人のヒーラーらしき女性が戦々恐々とした態度で口を開き、


「あ、あのー、カルンさん、ゴルンさん。いくらミミモケ族相手とはいえど、ここは三国の支配下に置かれている村なのであまり無茶はしない方が」

「ああー? お前、俺たちに意見すんのか?」

「おいおい。カルン兄貴、こいつもぶっ殺しとく?」

「ひっ! す、すいません」


 カルン、ゴルンと呼ばれた二人の男。

 双子なのだろうか、顔も背格好も同じくらいで――唯一、違う点は黒と白にわかれた髪色だった。

 この態度と呼び名から察するに、カルンがグループのリーダー格か。


「俺らが探してる手配書のやつがやったことにしときゃいいだろ。ああー、マジで口裏合わせとけよ」

「さっすが、カルン兄貴っ! 密告したら覚えとけな?!」

「は、はひぃ」


 そんなやり取りの中、一人のミミモケ族の男が走り寄り、


「待て! 待ってくれぇえ!! 村の皆には手をださないと言っただろう?! 報酬で俺の子供たちを取り返してくれると言っただろう?! 約束が違う! 約束が違いすぎるだろぉおおおおおおおおおおおっ!!」


 カルン、ゴルンの足もとに縋り付いた。


「おいおい。村を売った裏切りものじゃん?」

「ぅ、裏切りものはお前たちだ! 俺は、俺は、ちゃんと約束を守ったんだっ!!」

「ああー、そういうのいいよ。お前のせいで今村がこうなってるってのわかるか? 被害者面とか笑えてくるからやめろって」

「ち、違う! 俺はただ子供たちをっ!!」

「ああー? 結果なにが違うってんだ? はい、お疲れさまね」

「あが! か、がびゅっ」

「ひぃっ! カルン兄貴、容赦ないな!」

「はっ、NPC風情が偉そうにほざきやがるからだ」


 一刀のもとに、ミミモケ族の男の首を刎ね飛ばした。

 人の命をなんとも思わない無惨な行為、こいつらは心底面白がっている。

 自分より弱い相手を楽しんで殺すやつらはゲーム内にいくらでもいた。


「……ぐ、ぅぇ」


 その場面を見たナコが、手で口を抑えながら――嘔吐く。


「ナコ、無理に見なくていい」

「……見ます! 見て、見て、見尽くして、目に焼き付けますっ! だって、だって、あそこに倒れている人は、倒れている人は!!」

「わかっているよ」

「クーラ?!」

「大丈夫。僕はいたって冷静だ」


 ナコにそう言い残し、僕は連中のもとに向かう。

 ゆっくりと、その真ん中を横切り――ある人のもとへと歩み寄った。

 腹部を何度も貫かれたであろう痛々しい傷跡、大量の血痕が周囲に広がっていた。

 回復薬を、いやこの出血ではもう――僕はミミさんをそっと抱き寄せる。


「……お姉、様? 服が汚れて、しまいますよ?」

「遅くなってごめん」

「謝らないで、ください。それと、先に言いますが――村の人を、誰も責めないで、ください。誰も悪く、ないんです」

「うん。全部理解してるよ」


 僕がそう言うと、ミミさんは最後にニコリと微笑んだ。


「カルン兄貴。こいつの顔と格好の特徴、手配書のやつだろ? 敵陣の中普通に歩いて来るとか頭おかしいぜ」

「イカれてイカしていい女じゃないか。マジで痴女みたいな格好してやがる、頭のヤバい女は割りかし好みだ」

「カルン兄貴の趣味独特っ!」


 僕は右手を前に――二人に問い掛ける。


「君たちもプレイヤーだろう。この村の人たちに対してなにも感じないのか」

「はぁ? 感じる? なにを感じるんだ? お前はゲームのキャラクターに愛着でも湧くタイプですってかぁあーっ?! たかだかNPCだろ? バカげたこと言ってんじゃねえぞっ!!」


 カルンが鼻で笑いながら言う。

 どうやら、話が通じるタイプではないようだ。僕は早々に会話を切り上げ、二人に向かって端的に本題を告げる。




「じゃあ死ね」

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