第13庫 まさかのユニーク

「奴隷輪、ですか?」

「僕を主として契約して欲しいんだ。さっきみたいなことが起きないよう、セキュリティ的な意味合いでナコちゃんを保護したい」


 正直、気が進まない方法である。

 だが、奴隷輪がある限り――主の存在を示すことができる限り、ナコちゃんをどうにかしようという輩は激減するに違いない。


 奴隷輪を破壊するには『天使の鍵』クラスのレアアイテムが必須だ。


 現実的な話になるが、天使の鍵は売買すると一億クラスはくだらない。そこまでの労力を費やしてまでナコちゃんを奪おうとはしないだろう。

 理想はこんな呪いを再度付け直さなくとも、自分自身を守ることのできる力があればいいのだが――現時点では厳しい。

 僕は全てを説明し、ナコちゃんに判断を委ねる。


「もし、駄目だったら別の方法を考える。ナコちゃんの今の気持ちを素直に言ってくれて大丈夫だから」

「付けてください」

「即答っ?!」

「私は信じていますので」


 ナコちゃんはゆっくりと瞳を閉じながら、


「私をクーラお姉ちゃんのものにしてください」


 言い方ぁっ!

 その信頼に応えるよう、奴隷輪をナコちゃんの首に装着する。奴隷商のおっさん気を利かしてくれたのか、えらく可愛らしいデザインの奴隷輪である。


 ……契約には、主となる濃い体液が必要だったな。


 僕は人差し指を噛み、奴隷輪に血を近付ける。奴隷商の時と同じく、赤黒い鎖が首輪にまとわりついていった。


「これで完了かな。もう楽にしていいよ」

「なにか、暖かい感じがします」


 暖かい? 僕は首を傾げて返す。


「先ほどは無理やり首輪を付けられて、今は私が望んで付けられて、心の受けとめ方の違いでしょうか? クーラお姉ちゃんの存在をすごく感じます」

「確かに、言われてみれば」


 強く意識すると、暖かいなにかで繋がっている感覚がある。

 奴隷輪、契約の力なのだろうか? 

 いやな感じはしないので、特に気にする必要はなさそうだが。


「ナコちゃん、これからもよろしくね」

「不束者ですが、よろしくお願いします」


 ょ、嫁入り?


「早速今後のことなんだけど、目指す先は王都エレメント、僕が所属していたギルドメンバーがいる国に行こうと思っている」

「王都エレメント、素敵なお名前の国ですね」

「いかにもファンタジーな名前だよね。ここはオンリー・テイルではすごい賑やかな場所なんだ。ゲームの時もプレイヤーが集まる中心都市になっていたから、必ずなにか情報が掴めると踏んでいる」

「クーラお姉ちゃんのお仲間にも会えるんですね」

「そうだね。まだ推測の域はでないんだけど――プレイヤーサーチ」


 プレイヤー名が可視化される。

 ホムラ、ラミュアは白色――表示されている場所は以前と同じく王都エレメント。

 ゴザル、ニャニャンは変わらず灰色になっている。


「わぁ、こんな機能があるんですね」

「この画面――というか、表示されているウィンドウっていうのかな。ナコちゃんにも見える?」

「はい。見えますよ」


 自分だけ視認できるわけではなかったのか。

 存在しないステータスも含め、まだまだ不明確な部分は多い。二人いることによって確認できる箇所が増えるのは素直にありがたい。

 ウィンドウも周囲に見えるのであれば、今後不用意に開くことは避けた方がよさそうだな。


「ナコちゃんもやってみる? アイテムボックスって言うとでるよ」

「上手くできるでしょうか?」

「口にするか、頭に言葉を浮かべるか。どちらでも大丈夫だよ」

「アイテムボックス!」

「そうそう。上手上手」

「ありがとうございます!」


 ナコちゃんのアイテム一覧が表示される。

 やはり、僕にも見える――薬草、毒消し、魔力薬、プレイ開始時に配給されているアイテムだ。


 その中にもう一つ、魔装デバイスという五芒星の形をした謎のアイテムがあった。


 宝石のようにキラキラと光り輝き強い存在感を放っている。なんだろう、これ? こんなアイテムプレイ開始時になかったはずだ。


「クーラお姉ちゃん、どうかしましたか?」

「ああ、ごめん。なんでもないよ」


 疑問はさて置き、僕は説明を続ける。


「アイテムを使用したい時はスマホを触るみたいな感じかな。指でタップしたらでててくるよ」

「ていっ」


 ナコちゃんが魔力薬を選択する。

 ウィンドウから具現化されて、ポトリと手元に魔力薬が現れた。

 収納する時は今と逆にアイテムをウィンドウに突っ込めばいいと伝える。


「なんか不思議な感覚ですね。本当に違う世界なんだなって実感します」

「うんうん。僕も最初同じようなこと思ったよ」


 そう、夢であったらと何度思ったことか。

 僕はわきわきと指を動かしキーボードを妄想する、部屋でのんびりギルドの皆とチャットしていたころが懐かしい。


 いくらゲーム好きとはいってもゲームの世界だなんて喜ぶことはできないのだ。


 近い未来に技術が発展してVRMMOをやってみるってのは夢だったけれど、まさか丸ごとリアルになるなんて想像の斜め上にもほどがある。

 面白いと思えるのは安全な場所から客観的にプレイするからこそだ。

 僕たちは今もまだ逃走中、危険な状態にある。


「さて、そろそろ出発しようか」


 僕はカップ等のアイテムを収納し、出発の準備に取りかかる。

 マップを開き、現在地を確認――目的地までを指でなぞりながら、ナコちゃんにルート案内をしていく。

 このマップ機能、本当に便利だなぁ。

 自身がいる場所、周囲の高低差もきっちり色別されているのが助かる。これがなかったらこんな山中遭難してる自信しかない。


「ここをこう迂回して――コールディンの拠点地となる国を通るのは危険だから、もう一つの始まりの三国、風の都『ウィンディア・ウィンド』から王都に回って行こう」

「三国ということは、他に二つの国があるんですか?」

「始まりの三国は石の都『ストーンヴァイス』、水の都『アクアニアス』、風の都『ウィンディア・ウィンド』。これはよくある土・水・風とメジャーな属性を信仰している国々でね、大陸の構図的には王都を中心に広がっている形になるかな」

「あれ? メジャーな属性ですと一つ足りなくないですか?」

「ナコちゃんが違和感を覚えた通り、本当は三国じゃなくて四国だったんだ。火の都『サラマン』は滅びたんだよ」


 そんなオンリー・テイルの世界観の説明をしている最中、


「……っ?」

「ナコちゃん、どうかした?」


 ナコちゃんが急に辺りを忙しなく見回す。


「クーラお姉ちゃん、なにか聞こえませんか?」

「ん? 僕は特になにも」

「間違いないです。唸り声と足音が近付いて来ます」

「どんな声かわかる?」

「ワンちゃんが威嚇するような、喉を鳴らすような声です」


 ナコちゃんが耳をピコピコと動かしながら言う。

 僕はマップを改めて再確認――犬のような鳴き声、この周囲に生息するモンスターなら間違いなく『ガルフ』だろう。狼に似た外見で鋭い牙の攻撃を主としており、数で攻めて来て塵も積もればという厄介な攻撃手法を取ってくるモンスターだ。


 初見殺しの筆頭、今出会うのはまずい。


 ガルフについてはちゃんと警戒していた。縄張りからも距離を取り、エンカウントしないよう注意していた。


「ナコちゃん、僕の後ろに下がっていて」


 僕の馬鹿野郎、全てがゲーム通りにいくわけないだろう。

 この世界にはNPCなんて概念もない、モンスターも皆生きている。それぞれに個がある以上、それぞれの考え方を持っている。

 イレギュラーな事態が起きたってなんら不思議はないのだ。


「クーラお姉ちゃん、囲まれています」

「……僕のせいだ。まだどこかでゲームだっていう甘さがあった」

「誰のせいなんてことはないです。私にもなにかできることはないでしょうか?」


 ナコちゃんが僕の手を力強く握る。

 焦燥感に駆られる僕の様子に気付いたのだろう、年上として情けないところを見せてしまった。

 僕はナコちゃんの手を握り返し――その優しさに応える。


「ありがとう。猫の手も借りたいところだったよ」

「ふふ。今なら本当に猫の手ですね」


 ガルフは大群の中に、統率しているボスが一匹存在する。

 撃破するに当たって4人ほどのパーティー、盾、アタッカー×2、ヒーラー、攻守共にバランスの取れた構成がベストとなっている。

 メジャーな作戦としては盾がガルフの大群を引き付けてる間に、アタッカーがボスを探して一点集中で撃破をするというやり方だ。

 群れのトップを失った瞬間、ガルフの大群は尻尾を巻いて逃げ出す。


 ……最悪、火竜玉かなにかの消費アイテムで乗り切るのも一つの手か。


 しかし、強いアイテムは目立ってしまう。

 まだまだコールディンの追手が来る可能性は高い、目立たないようこの困難を乗り越えるにはシンプルに戦うしかないのだ。

 ナコちゃんのジョブにより、戦況は大きく変わるだろう。

 盾かヒーラーならば似たような作戦が取れる。盾で囮になってもらうにせよ、回復に専念してもらうにせよ、限られた時間内に僕がボスを見つけ出して撃破する。


 まさに、スピード勝負。


 ボスの特徴は常に自身の安全を保っているやつだ。

 大群の一部に見せかけて常に安全圏に――つまり、こちらに一切攻撃してこないガルフがボスである。見た目は他と全く変わらないので探し出すのは非常に困難、間違い探しに等しい。

 僕は周囲の殺気に対し、触手を展開させて威圧する。


「ナコちゃんのジョブを教えてくれるかな?!」

「『魔法少女』ですっ!」


 なんてこった、ユニーク職だ。

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