第12庫 どうも蔵です

 救出場所より離れた箇所、僕たちは北東へと登り進んでいた。

 正規のルートを素直にたどっていくより、遠回りで難解な道の方が逃げ切れると判断したからだ。


 幸い僕にはマップ機能がある。

 真夜中といえど、遭難することは限りなくゼロに近い。食料もアイテムボックスにいくらか詰めてきたので、ある程度の旅路も問題はないだろう。


「ここら辺で少し休もうか」


 火竜玉の一部を篭手で削り落とし火を起こす。

 一部分を使用してこういった応用が効くことは想定内、オシャレにお湯を沸かして紅茶などを入れてみる。

 趣味でよくキャンプ系の動画を見ていていつか本当にしてみたいなと思っていたが、こんな形で叶うとは規格外にもほどがある。


「助けていただいてありがとうございます。改めましてナコと言います」


 ナコさんが言う。

 少しずつ落ち着いてきたのだろう、僕はカップに紅茶を入れてナコさんに手渡す。

 旅路に必要なものを色々と準備していてよかった。


「いただきます」


 ふぅふぅ。

 見た目通りの猫舌なのか、カップに何度も息を吹きかけている。その都度、みょこみょこと小刻みに揺れている猫耳と尻尾が愛くるしい。


「改めまして、僕は――Kura、よろしくね」

「……くら、ですか?」


 まあ、そういう反応になるよね


「……うん、蔵。いや、クーラって言うんだ」


 咄嗟に思い付いたアドリブを加えてみる。

 これなら不自然ではないだろう。倉庫キャラでちょっと和風テイストに『蔵』と名付けたとは言いづらい。

 今後はこれで一貫しよう。


「クーラお姉ちゃんですね」


 まあ、そういう呼び方になるよね。

 名前に引き続いてどう説明したらいいものか。いや待て、中身は男なんですって言ったら変な警戒心を抱かせてしまうか? むしろ、なに言ってるんだこいつと変人認識されてしまうか? む、難しい――内容もタイミングも難しすぎるぞ。

 とりあえず、簡単なところから紐解いていくのがベストか。


「そういえば、ナコさんってこのゲーム」

「さん付けなんていらないです。ナコと呼んでください」

「じゃあ、ナコちゃん」

「ナコちゃん、ですか」


 なにやら気難しそうな顔をされる。

 な、なんか選択肢ミスった? いくら本人がそう言っても、いきなり呼び捨ては失礼かなと思ったんだけれど。


「話を中断してごめんなさい。続けてください」

「……ぅ、うん? オンリー・テイルはプレイして日が浅いのかなって」

「はい。家族に誘われてあの日が初プレイでした」


 初プレイ、か。

 プレイ時間に関係なくこの世界に降り立った一つの要因として、オンリー・テイルをプレイしていたという共通点は可能性として高そうだ。


「あの日っていうのは」

「あの日はキャラクター作成をして、コントローラーを握って、初めての街を散策していました。急に外から悲鳴が聞こえてきて、窓から見える景色が赤色に染まっていて、大きな音と一緒に目の前が真っ暗になりました」

「僕が見た光景と同じかもしれない。空が真っ赤になっていて、大量の隕石が地上に降り注いでいたんだ」

「隕石、ですか? 家族の皆も、私たちもどうなっちゃったのでしょうか?」


 怯えた表情。

 僕のバカぁっ! 不用意な一言を悔いる。不安がっている子を――さらに不安にさせてどうするんだ。


「大丈夫、お互いに見間違えただけかもしれない。必ず家族と会える日が来るよ。一時的にこの世界に迷い込んじゃっただけかもだからさ」

「はい。迷子になっちゃっただけかもしれませんよね」


 最初にナコちゃんと話をした時から思っていた。


「ナコちゃんの年齢って聞いても大丈夫かな?」

「今年で11歳、小学五年生になりました」


 やはり予想通りか。

 しっかりとした言動や大人びた雰囲気はあるが――どことなく幼さを感じた。これは僕に妹がいるからこその直感かもしれないけれど。


 ……そう、妹だ。


 僕の家族もどうなったのだろう? 心配ごとはたくさんあるが今は突き進むしかない。少しでも情報を得るために当初の目的を達成するしかないのだ。


 王都へ向かう。


 皆なら確実に動いている――"Nightmaresナイトメアズ"のメンバーなら、なにかしら状況を打破するために動いているはずだ。


「ナコちゃん、僕に付いて来てくれるかな」

「なにを言っているんですか」


 真顔でナコちゃんが即答する。

 いやまあそりゃ急にこんなこと言われても怪しいだけだよな。どこか安全な街中で待機してもらう方がいいだろうか? 

 だけど、今回の一件からすると街中も安全とは断言できないしどうしたら――、


「私がお願いする立場です。クーラお姉ちゃんに付いて行ってもいいでしょうか?」


 ――予想外の返答だった。


「すごい真剣な眼差しだったから、丁重に断られるのかと思ったよ」

「断るなんてありえません! クーラお姉ちゃんは私を助けてくれたんですからっ!」


 首を勢いよく左右に振りながらナコちゃんが言う。


「わ、私、周りのお友達からもよく堅すぎるよって言われるんです。上手く表現できてないかもしれませんが、クーラお姉ちゃんから付いて来てって口にされた時、すごくすごく嬉しかったです」


 ナコちゃんは次いで、


「信じています。クーラお姉ちゃんが悪い人じゃないって」

「ありがとう。そう言ってくれると嬉しいよ」

「お礼を言うのは私の方です。なにも知らない場所、怖い人たち、心細くて――檻に閉じ込められた時はもう駄目かと思っていましたから」


 オンリー・テイルの知識をある程度持っている僕とは違う。

 ナコちゃんは全てが初見なのだ。

 それでこの世界に放り込まれ、どれだけ不安だったのかは計り知れない。


「檻に閉じ込められるのは通常ありえないんだけどね。ただ、猫耳の子はオンリー・テイルの世界設定ではすごく貴重な種族になるんだ」

「そう、だったんですね。可愛いなって思って選んじゃいました」

「ゲームだったらそういった選び方で正解だよ。こんな異常事態予測できないからね。そう、本当にこれは異常事態なんだ」


 だからこそ、僕も今後のことを言葉にしなきゃいけない。




「ナコちゃん、君に奴隷輪を付けたい」

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