【ep.3】車のバイヤーってのはこんな顔して人に売るのか?
俺は披露宴がもっとはやく、あっという間に済むもんだと思っていた。とくに終わったら終わるもんだと、二次会なんて必要あるか? おなじテーブルにいる、自称友人代表クンは二次会の幹事もやっているらしく、あいつは俺に二次会へ参加するか訊いてきた。俺はもちろん嫌だった、さらに金がかかるんだ、祝儀を出すのもうちじゃ負担で、それに加えて四千円も必要っていうんだからたまったもんじゃない。だから俺は断った、理由も言わず。すると自称友人代表兼通称二次会幹事クンは「金がないのか?」なんて訊いて、その顔もひどかった、車のバイヤーってのはこんな顔して人に売るのか? だとしたら買う奴も買う奴だ、あいつはいかにも偽善的な、ワイドショーのコメンテーターのような憐れむ顔をした。眉を八の字にして、口を緩く結んでいる、黒目が大きく、睫毛と同化して、そのなかでちょっとばかし潤んでいる。なあ、ヘイター、やっぱりそんな風に人を見るもんじゃないぜ。
俺は「金は大丈夫だ」と言った。「だが行けない」「何故だ?」「用事があるんだ」「こんな時間に?」「ああそうだ」「お前、祝う気持ちはあるんだろう?」「もちろんだ」「金なら出すから、あいつも喜ぶ」……ああ、この自称友人代表クンはどうやらほんとうに自分を友人代表だと思い込んでいるらしい。「あいつはお前の立場で気を悪くする奴じゃない」いよいよ俺は殴りたくなったね、平等なる暴力で。
俺は「あとで連絡する」と言った。二次会まであと二時間あるからそこでとんずらこくつもりだった。自称友人代表クンは承諾した。何だってこいつに承諾されなければならない?
午後六時の繁華街、そこは俺にとって縁のない場所だった。いや縁がなくもない、一年に二回ほどお袋はいつもとパチンコの場所を変えてここで打つときがある。だから俺はここらへんのデカいデパートは知らないがパチンコ屋は知っている。俺が図書館帰りにチャリを飛ばして、お袋を見つけ、声をかける。お袋ははじめ無視して打ち続けるから、こんどは腕を掴む、そのとき左の腕をとるのが大切だ、左打ちだと遊戯が中断されるし、右打ちのときは「ちょっと待って!」とむこうからやめる条件を提示してくれる。ただひどいときは俺の腕をひたすらに殴られるが、それでも十分足らずでやめてくれる。
帰り道、お袋は静まり、俺は自転車を押しながら進む。俺はお袋にこう言うんだ、「なあ、母ちゃん、酒はええからさ、せめてパチンコやめようや、あんなん金がいくらあっても足りんで」、お袋は俺を乾いた目で睨みやがる。まるで、お前に何がわかる、と言うように。俺はそれを無視して、今朝もらった弁当で何を食うか考えるんだ。
俺は披露宴のあとそのまま家に着き、うとうとと眠った。この疲れはバイトのものとはまるで違う、別次元の、質量の単位さえ異なる世界のものだ。リアリズム的疲労とでも表そうか、脳が必死に眠れ! と命令しているし、俺はそれに従う。しかし眠れって脳が命じたくせに、どうも良い夢は見せてくれないらしい。俺は二次会に集まった奴らが酔っ払って家に来る夢を見た。そして隣の布団で寝ているお袋が起きて馬鹿みたいに騒ぎ、俺は駆り出され、頼むから家には入るなと頼む。それでも奴らは構わず強引だったり窓からだったりと侵入してくる、俺は思わず手が出て、それで起きた。
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