【ep.4】BIG UP 三島
お袋が新しい業務用の二リットルワイスキーをあける仕草が俺は嫌いだ。待ちきれないような騒々しい手つきで、ぶるぶると震わせて力いっぱい込めて開けやがる。まるで犬みたいだ、俺は犬を飼ったことないけど、エサを与える前はそんな行儀なんだろ?
小説を書くとき、俺は毎回これで世界が変わると思っている。新品で本が買え、家を引っ越し、お袋を病院に連れていく、……いやまずは外食をしよう、ファミレスで一番いいやつを頼もう、そうしたらお袋も腹いっぱいになって、未来に希望が見え、酒なんてきっぱりとやめるかもしれないしな、あとパチンコも。
しかし何事も上手くはいかないもんだ、書き上げるために様々な障壁が俺を出迎える。プロット通りにいかない、手が急にとまる、見返してみたら文章のクソさに吐き気がする、そういうことが多々あって、もうこんなこと辞めてやろうかとも思う。だが考えてくれ、兄弟。俺はとっくに引き返す道なんてないんだ、もう二十八、村上春樹の三十歳成人説ももうすぐそばまで近づいてる。
俺はそういうときたいがいHIPHOPを聴く。そのためにわざわざ一か月のギガ数を残していて、夜通しRYKEYを聴き、ANARCHYを聴き、般若を聴く。なに? RYKEYとANARCHY仲悪いじゃないかって? いいんだよ、作品だけを観なよ、兄弟。
だからといってラッパーの道は考えなかったな。そもそも俺は滑舌が死ぬほど悪いんだ、タ行とカ行が難しくてさ、そういうラッパーがいてもいいかもしれないけど、とりあえずクラブに行く金もないからパスだ。あいつらのリアルはあいつらに任せて、俺は俺のリアルに賭ける。ああ、そうだ、俺は俺のリアルを見てほしい、俺もこうやって生きてんだから、見なかったフリなんて哀しいことすんなよ。
まあそんな話は置いといて、楽しいことを言おうか、いまの時代ネットで小説書けば、どこだってチャンスは広がっているもんさ。たとえば入賞すれば十万がもらえ、ひょっとしたら出版だってできる、なあ、夢のある話じゃないか、十万だぜ、十万あれば俺は買いたいものがあるね、さっきは外食なんて言ったけど、やっぱり最初は三島由紀夫全集だな。三島由紀夫、あいつは最高にDOPEだぜ、大江健三郎もいいけど、俺は三島派だ、『金閣寺』も好きだし『美しい星』も好きだ、もし全集を買ったら『暁の寺』を読み直したいな、あの複雑な論理を解き明かして、三島を完全に理解してやりたい。そしたらもう俺と三島はマイメンさ、文学的権威なんかは興味もないが、俺の夢に出てきてくれば嬉しいね。
三島由紀夫全集はたぶん地元には売ってない、バイトのインテリ学生クンに訊けば、東京の神保町にはきっとあるらしい。あそこは古本街で、本にまみれた街だとさ。最高にDOPE な神保町、この街を何度も俺は想像したね、この出版不況のなかで古本屋やってるラリった奴らだぜ、きっと本屋が多いってことは喫茶店も多いのさ、そしてずっと文学的な会話や議論があちこちから聴こえるんだ、「私小説とは何か?」「虚構とは?」「物語とは?」俺はきっとそこでは一晩も眠れないね、俺に巡った文学の血が煮立ちまくって俺をパソコンの前から離さないんだ。……なんだって、兄弟? 俺の血はアル中の血じゃねえかって? うるせぇよ、バカ。
まあこう言ったものの、実のところ俺は小説が得意じゃない。わからない言葉が世界には沢山あって、調べてもよく理解はできないものもある。テーゼやらアンチテーゼってのはいったい何だ? まあでも国語辞典は俺のマイメンだ、いつかきっとわからせるはずさ。それよりも小説で大事なのはリアルだと思わないか? 事実に基づいた作品ってことじゃないぜ、俺はどっちかというとノンフィクションは嫌いだ、事実のためにリアルを犠牲にするもんが多いからな。俺の言うリアルってのは感情のリアルのこと。リアルは大事だぜ、自分の感情ってのが自分でもわからないことがあるんだからな。けどリアルでDOPEな小説は俺のリアルと交差して、俺のリアルが広げるもんで、その感覚が俺は好きなんだ、BIG UP 三島。
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