【ep.2】暴力こそ平等
新郎側のスピーチも終わって、俺らのテーブルについた自称友人代表が涙を拭ってる。みんなこいつのスピーチに感動したというが、俺は思ってもないことを言うつもりもない。こいつはいま車のバイヤーらしい。車のバイヤー? そんなもんAIでなんとかできるんじゃないのか、そう言った俺をこいつは鼻で笑った、「そんなに社会は簡単じゃないよ」、そのときの蔑む目、満悦した差別主義者、いやらしい左手の薬指の光沢、俺はこの瞬間を忘れないね、いややっぱり忘れる、意地でも忘れるね、こんな奴。
そういえばこいつのラインの一言もいやらしい、クソ社長とおなじ香水の臭いがする、「世界を変える前に自分を変えろ」、嫌な言葉だと思わないか兄弟? こういう奴は俺の何を知っているんだ、いまさら舌をだして世界に媚びろってか。媚びてどうなる? それこそいよいよ終いだ、≪終わる≫ことすらできない、まったくの無になるんだ。思わないか、兄弟? 世界に媚びて自分を殺し、目に誇りをなくしたとき、顔に浮かべるのがただへつらった笑みばかりになるとき、プラスの奴らから逆襲のされない嘲笑を寛容に受け入れるとき、俺らはゼロになるんだ。ゼロより怖いもんはないね、俺らはまだ生きているのにゼロにされるんだから。だったら俺はマイナスを掘り続けるね、そうだろ?
あいつらもそれなりに人生を歩んで、それなりのことを考えて、それはきっとベクトルが違うだけで俺とおなじだろう、そう思えるだけで、俺はあいつらよりマシじゃないか? 俺らのテーブルの会話は吐き気がするほどキッチェだったね。ああ、そうだ、キッチェ、クンデラも上手いことを言う。あいつらは互いの言葉に耳を貸してなかった。それより自分の正当性をより正当せしめるために会話して、つまりその争いは俺のほうへも向いて、パンッと一発殴れば、「どうだ、俺のほうがいい音がするだろう?」ってもんだ。もちろん、これは比喩さ、殴ったりなんかしない、いやいくぶんか殴ってくれたほうが、俺も殴り返せるから気も楽だ、暴力こそ平等、誰かがそう言ったっけか。
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