オワッテル。
九重智
【ep.1】モブ・ノリオはよく言ったもんだよ
モブ・ノリオはよく言ったもんだよ、≪終わってる≫、ああそうだ、俺らは終わってる、もっとクリティカルに言うもんなら、≪終わりつづけてる≫、そうさ、終わりは終わらないらしい。延々と、墓地の下で肉が腐るように俺らは終わってる。
俺の大親友がさ、幸せそうな結婚式をひらいたんだ。そらもう立派な結婚式さ、眩暈がするほどのバージンロード、あんな真っ白い世界は見たことないね、そこにまた真っ白なふたりが通るのさ、新郎のほうが大親友で、俺の周りにいるのが、まあ大親友とは言えないな、親友でもない、旧友、旧知人ぐらいなもんで、隣にいる友人代表スピーチする奴はもう泣いてた。
俺は言ったんだ、なんで俺が友人代表じゃないんだろうってな、そしたら事情を知った奴がこう言った、「気を利かせたんじゃない」、おい笑わせんなよ、俺のどこに気を利かせないと思う部分がある? 俺は生きてる、その資格だけじゃだめなのか?
たしかに、奴らの言うことはわかるぜ、小五のときにアルコールに毒された親父はブタ箱にぶち込まれた、昼飯前にラリッた頭があいつに銀行強盗しろとたぶらかしたらしい。お袋は縁を切り、女手ひとつで俺を育て、そして親父とおなじ年齢でアル中だ。そこで俺が懸命に働いたらまだ美談かもしれないが、アル中のふたりに生まれた俺は生まれつきラリッてたらしく、貧しい生活のなかで俺は小説家を目指した、たったひとりの図書室で読んだ『蜜柑』が忘れられなくてな、それからはクソみたいな喧嘩もあった、お袋は金に困るとすぐ車に轢かれて保険金をもらおうとするもんだから、そのたびに俺は言ってやるんだ、「生命保険なんてうちに入ってる奴いねえよ」、そうさ俺らは死んでもハイ終わり、ビタ一文ももらえないね。
新婦側の友人代表が「幸せになってね」つって啜り泣いて、俺は思わず泣きそうになったよ。それは別に感動の涙じゃない、あんな感動の具合がいちばん馬鹿らしいんだ、そうじゃなくて、俺は苦しみで泣きそうになったんだ、「幸せ」なんて言葉、抽象的なくせにいかにも絶対的な概念、まるで宗教だ、宗教といえばお袋も一時期ハマって、結局仕事のひとつもくれずに、時間と金ばっかり巻き上げた。お袋は「ゴメン」つって俺の小説用のパソコンを売った。型落ちだったから一万もしなかった。
俺はいつもUSBだけ持って図書館に向かう。昼は本を読んで、ノートパソコンを借りる。ノートパソコンは学生用らしいが、頼み込めばいけないこともない。中年のババアは怪訝な顔で俺を見る、「いいですよ」つったのはてめえじゃねえか、そんな目で人を見るもんじゃないぜ。
朝は眠り、深夜はバイトだ。コンビニは意外と働くのにいいな、廃棄の弁当がもらえるし、ときおり俺と似た奴も入ってくる。みすぼらしい身なりのわりに目だけはどこか狂ってる奴。俺は廃棄の弁当をあげたくなるが、そういうのはいけないらしい、おいおい仲間だぜ、人を自殺するまで追い込んで、そのくせ売り上げでドヤ顔をする社長よりはよっぽどマイメンじゃないか?
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