予備審問

 ――数カ月後


 とある巨大な建物の前に人々が集まっていた。


 彼らの視線と注意は、建物の中に入っていく人々に向けられていた。

 人々は構えたカメラから閃光を発し、建物に入る人々に白い光を浴びせかける。


 建物に入っている彼らは、大企業のトップや重役たちだ。

 彼らはこの建物の中で行われる「ある事」のために集まっている。


 すると、この光景を写しているビデオカメラの前に立った女性が、マイクを手に声を上げた。


「速報です、銀河連邦裁判所にて、星間犯罪の予備審問が始まりました!」


「被告人は名だたる大企業の重役、執行役員やCEOです。ごらんください! 通信大手のマップル、自動車大手のタヨタ、コンピューター大手のビッグソフト――他にも様々な企業の関係者が呼び集められています!!」


「被告人たちは、惑星ナーロウにおいて、違法な施設の建築、そして、非人道的な兵器の研究開発に関わっていたとされています!!」


「事件の舞台になった惑星ナーロウでは、実験と隠蔽のために、数千人の死傷者が出たとされています。また、原告のサトー氏によると、被告人たちは事件の隠蔽のために、宙賊を雇い入れていたとのことです!」


「第一回予備審問では、企業側の弁護人と検察官がそれぞれの主張を述べました。弁護人は、惑星ナーロウは連邦法に基づいた開発と投棄が行われており、一切の不法行為はなかった。そして、宙賊と雇用関係はなかったと主張しています」


「一方検察側は、惑星ナーロウで見つかった、多数の証拠を提示しました。その中には企業との関係を示す報告書、宙賊から得られた自白などがあります」


「あ、裁判所の扉が閉じられました! 今まさに、第二回の予備審問が始まろうとしています!! 一体真実はどちらにあるのでしょうか! 中継を始めます!」




 僕は今、銀河連邦裁判所の証言台にいる。


(なんか大事になってきたなぁ……)


 あまりにも多くの人が関係しているので、予備審問には裁判所の一室ではなく、ホールを使うことになっていた。


 裁判所の一階ホールには、多くの関係者が詰めかけており、ホールの奥側の高台には、特設された裁判長席があった。裁判長席の前には、被告人席、検察官席、そして、証人と弁護人が座る席がそれぞれ用意されていた。


 僕が座っているのは、証人と弁護人が座る席だ。


 被告人席には、名だたる企業のCEOや重役たちが座っているが、彼らはこの予備審問の間、無表情でまったくもって無関心な様子だった。


(嫌な予感がする。絶対に勝てると思ってなければ、あんな態度は取れない。)


 第二回目の予備審問が始まった。最初の動きは、企業側の弁護人からだった。


「前回の審問で、証人は惑星ナーロウにおいて、違法行為が行われているとのことでしたが……それらは捏造です!!」


「我々は起訴内容を否定する、新たな証人を得ました!!」


<ざわ……><ざわ……>


「さぁ、こちらへ……ランド殿!!」


(な……ッ! 墜落者ギルドのランドさんが、何故ここに!?)


「私は墜落者として、惑星ナーロウに墜落し、40年そこで過ごしました。惑星ナーロウは平和そのものであり、宙賊の姿などありません。とても穏やかな場所で、生物の豊かなサバンナでした」


「そう! もし、惑星ナーロウがそこまで危険な惑星なら、現代のロビンソンクルーソーである彼が、40年も生きていられるはずがありません!!」


「惑星ナーロウは、とても豊かな自然が残されています。企業による産業廃棄物の危険な不法投棄などありえません。全て連邦政府のルールに則っており、危険はありませんでした」


(馬鹿な……! カスケットやキング・ベヒーモスは――)


(……そうだ。全部壊したんだ、この僕が……危険なままだという証拠はない)


「むしろ私は、安全な廃棄物を投棄した企業の皆様に感謝の意を表明したい。私が40年も生き延びれたのは、企業の方々が環境に配慮した適切な廃棄を行っていたからに他なりません」


(クソッ……ランドさんめ、もしや『取引』したな!?)


(企業の連中は、墜落者ギルドの存在を知っていた。だから最後の最後で使うことにしたんだ。惑星の脱出をエサにして……! なんて卑劣な!!!)


 ランドの証言に、裁判所内は騒然となった。

 被告人席に座る企業家たちは初めて表情を面に出す。僕の方を見て、冷ややかな笑みを浮かべると言う形で。


「ランド氏の証言は、企業側の無罪を証明すると同時に、サトー氏による、企業に対する不当な※濫訴らんそを証明します」


※濫訴:むやみに訴訟を起こすこと。 主に相手への不当な負担を目的とした訴訟を指し、不法行為となる。


「ここに我々は、予備審問を終了し、サトー氏を起訴することを提案します!!」


<ざわざわ……!>


「そうだ! サトーを死刑にしろ!!」「ブチ殺せー!!!」

「あのろくでなしをぶっ殺せ!」「何でもいいからはよ殺せ!!」


「静粛に!!」


 裁判長が騒ぎ出した見学人を制止する。騒ぎの様子から察するに、見学人の中にも企業の息がかかった者がいるようだ。


(クッ、どうすればいい……?)


「サトー氏が提出した書類やデータは、簡単に捏造する事が可能です。そうですね『当事者による証言』でもなければ、とても真実とはいえないでしょう」


「では、検察からは、その『当事者』を提出しましょう――」


「何ッ!?」


「お~、サトー! おひさ!」

「お久しぶりですわ」

「ホントろくでもないことに巻き込まれてるね、アンタ……」


「皆さん、どうして!?」


「私からお願いしました」

「久美子さんが?」


「だ、だが曖昧な証言だけでは、まだ証拠とは……!」


 その時だった。証人の一人がすっと立ち上がった。そして、その女の人は口を開くと、ホールに鈴の音のような清らかな声を響かせる。


 何故だろう。僕はその声が、なんだかとても懐かしく感じた。


「彼らは『当事者』であり、『証拠』です。彼らは惑星ナーロウに出資した企業によってつくられた、遺伝子操作された生物で、混種モーフです」


「な、ばかな……! いや、それでも――」


「そして、サトーさんが惑星ナーロウで行動し、体験した事は、その全てが音声と映像で記録されています」


(まさか、彼女は――)


「ばかな、そんな物がドコに……!」


「はい。この私の中です」


 女性は空中に立体映像を展開すると、工業地帯の様子、巨大サソリの様子、そして宙賊たちが使ったカスケット、キングベヒーモスの姿を見せつけた。


「これらの行為は全て明確な犯罪です。惑星ナーロウで行われていた企業の行為は、銀河連邦の平和と安全に対する重大な脅威です!!」


 被告人席に座っていた、企業のお偉方は皆一様に、ポカーンと口を開けていた。


 ランドさんは金魚のようにパクパクと口を開けていたが、失神してひっくりかえって裁判所の床にのびてしまう。


「終わりだ……何もかも……」


「いいえ、始まりですよ?」


「これは『予備審問』ですから。本当の裁判はこれからです」


 穏やかな笑みを浮かべるポチ。

 それを見た企業側の弁護団はうなだれ、机の上に倒れ伏した。


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