文明世界への帰還


「ポチ、荷物の中のアレを出してくれ!」

「キュ、キュ~イ?」


「AIコアの代わりができるものがあることに気づいたんだ」


「――君のご主人、久美子の『書庫ビブリオ』だ!」

「プ……プイ!!」


 ポチは振り返り、トレーラーにある荷物を探る。そして、ニートピアから持ってきた荷物の中から、2センチ四方の金属片を取り出した。


「間違いない……同規格だ!」


「サトー、こりゃ一体何の騒ぎだい?」


「あ、えっと……解決策を見つけたんです!」


「解決策?」


「AIコアは人間の人格をコピーしたもの。それはつまり、この技術は、人間に対しても使えるものなんです」


「ちょいと待ちなよ……アンタまさか」


「AIコアは人間の代わりをしている。人間がAIコアの代わりをやることだって、当然出来るんです!」


「人間の脳みそを、あの宇宙船の中に入れちまおうってことかい?」


「脳みそと言うよりは、自我、人格ですね。銀河中央に住む裕福な人達は、自分達の自我をこの『ビブリオ』という機械の中に入れて生活してるんです」


「えぇ……それってポチみたいになってるってことかい?」


「ポチは純粋な機械なので違うんですが……ちょっと説明しづらいですね」


「細かいことはいいよ。説明してもアタシには理解できそうにない」


「とにかく、そのビブリオってやつを宇宙船に使えば、アンタは家に帰れるんだろう? ならそれでいいじゃないか」


「はい。あとは本人との相談次第ですね」


「本人?」


「このチップには『久美子』の意識が入ってますからね。宇宙船に組み込んだ後、状況やな何やらを理解してもらわないと」


「久美子って誰さ……」

「さぁ……?」


「わからんもんを入れるんじゃないよ!」


 仰るとおり。


「ま、まぁ、きっと悪い人じゃないですよ。何せポチの元飼い主ですから」

「キュイ!」


「ポチ、戦車を出て、コクピットの中に来てくれ」

「プイ!」


 僕はポチを連れて、宇宙船のコクピットに乗り込む。

 そして、スロットに久美子のビブリオを挿入して保護カバーをおろした。


 そのまま宇宙船の起動手順の操作を頼むと、ポチは小さな手、マニピュレーターを出してコクピットの機器を操作し始める。


 すると、次々とコクピットの計器、スイッチ近くのランプが緑色に光った。


「宇宙船の機能がオンラインになった?」

「キュ~!」


『……まさか目が覚めたら機械の体になってるとはね。それも宇宙船の』


「あ、おはようございます久美子さん。」


『おはよう、で、誰?』

「プイプイ~イ! キュキュ!」


『なるほど……サトーさんね、それでポチを連れて色々やっていたようね』


「はは……ポチには大変お世話になりました。これまで生き延びれたのも、ポチのおかげみたいなところが……ほとんどかなぁ」


『当然ね。私のポチだもの』


「あ、もしかして、久美子さんってただのメカマンサーじゃなくて、メカの開発者だったりします?」


『そっちは副業かしらね。この星に来た本当の理由は――』


「星間犯罪の犯罪の証拠集め、ですか?」


『あら、気づいてたの?』


「建設作業ロボにしては、ポチが持っているデータに偏りがありましたから」


『へぇ……例えば?』


「宙賊の戦術に対する知識、そして改造生物や兵器に関する知識……不要とまでは言いませんが、建設作業ロボットには過剰な知識だ」


『お見事ね。あなた、見た目よりも洞察力があるのね』


「どうも」


『状況はおおよそポチから聞いたわ。あとは家に帰るだけね?』


「まぁ、多分そうなるんですかね」


『ちゃんとお土産は持ったかしら?』


「宙族のカシラから受け取ったデータ。そして、工場地帯で見つかったここで行われていたことに関する書類。これらは全部、犯罪の有力な証拠になるはずです」


『エクセレント!』

「プイ!」


『貴方が得たものは、お土産としては申し分ないわね。それらを持っているなら、何がどうあっても、貴方を銀河の中央に連れ帰る必要があるわ』


「では……」


『えぇ、帰りましょう。お別れの挨拶はいいのかしら?』


「あっそうだ。ちょっと行ってきます」


 僕はコクピットから身を乗り出すと、ギリーさん、ハクとクロに別れを告げることにした。


「あの……どうやら帰れるみたいです!!」


「お、良かったじゃないか」

「サトーようやく帰れるんだなー!」

「ちょっとの間でしたけど、楽しかったですわ」


「トレーラーの中にあるものは自由に持って帰っていちゃってください。それと、ニートピアもそのまま使っても大丈夫ですよ、たぶん……」


「墜落者ギルドも、今はそれどころじゃないだろうからね」


「ヒエヒエはもらってくぞ―!」

「あ、ずるいですの!」

「待ちな、あれはあのウンウン唸る機械がないと動かないよ」


「あの発電機は荒々しく扱って壊さないように、それだけは気をつけてくださいね。もしブチ壊れたら、全力でそこから逃げてください」


「やっぱあれ危険なモンだったのかい?」


「やっぱやめとくかー」

「そうですわね。」


「よくそんなモン、持って帰る気になれたね」

「ま、まぁ……当時は必要でしたし」


「では、今度こそさようならです」


「おー、じゃーなー!!」


 僕はコクピットの中に戻ると、シートの上のポチが歌っていた。

 ご主人さまが帰ってこれて、ご機嫌のようだ。


『もういいの?』


「えぇ、ここに来るまでに、別れの心の準備はしてましたので」


『そう……サトーくん、後部デッキの冷凍睡眠装置、クライオスリーブに移動してちょうだい。次、目が覚めた時、貴方は文明世界に帰還しているはずよ』


「はい。後はよろしく頼みます」


 僕は久美子に宇宙船を任せて、プラスチックの棺の中に横になる。

 すると、次第に棺の中が冷たくなってきて、急激な眠気が襲ってきた。


(ようやく、ようやくこれで帰れる――)


 僕は霜で白く染まっていく棺の蓋を見ながら、眠りについた。

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