着払い
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宙族のカシラは、自分たちが拠点としているホテルの全面ガラス張りの窓から、廃墟となった歓楽街を見下ろしていた。
かつて、観光客の姿で賑わっていたこの街は、今や無惨に荒れ果てている。街路のアスファルトはひび割れ、道の端にはゴミがうず高く積もっていた。
ごう、と強い風が吹くと、ゴミの一つが風に吹かれて飛んでいく。あてもなく飛んだそれは、鉄筋の骨組みを露わにした看板の突起に引っかかると、
カシラは、この街のかつての姿を知らない。
しかし、それはきっと今よりはずっと良いものであったのは間違いない。
かつて、この廃墟によく似た銀河の辺境都市で暮らしていたことをカシラは思い出していた。確かに貧しかった。だが、最悪というほどではなかった。
粗野で
しかしある日、都市が宙族に襲われ、カシラは奴隷として拐われて家族を失った。だが、絶望的な労働が毎日続く中でも、カシラは奴隷の中で頭角を現し、いつしか宙族のメンバーになっていた。
だが、カシラの野望はそれで終わらなかった。
信頼できる手下と共に先代の寝込みを襲い、組織を乗っ取ったのだ。
カシラの目標は先代よりも大きなものだった。
先代が率いていた宙族は、宇宙の辺境で船を襲い、小金を稼いでいた。
しかし、カシラには疑問があった。こんなことのためだけに、軍に追われ、辺境のサルガッソーに落ち延び、墓穴のネズミのように暮らすことが望みなのか?
いや、違う。それは断じて違う。カシラはそう皆に語った。
この銀河には、俺たちよりももっと悪い奴らがいる。
企業の社長、政治家、軍人。そいつらは銀河の中央、天を貫く白銀の塔の頂上で堂々と椅子にふんぞり返っている。
堂々と悪を成す連中に加わるのだ。
そうすれば、自分たちは悪事をしながらも、皆の尊敬を受け、日の下を歩ける。
――悪の道の正道。
カシラはそれを征かんとして、その夢を皆に語ったのだ。
宙族たちは、今日が楽しく暮らせれば良い、そんな考えしか持っていなかった。
だが、そこに急に降って湧いた「人生の目標」。宙族たちに、それはとても輝いて見えた。カシラの語った夢は、熱狂をもって彼らに受け入れられたのだ。
だがその計画も、墜落者ギルドのごく一部、ニートピアとかいうふざけた名前のコロニーの連中に阻まれて、今のところ失敗に終わっている。
もはや、これ以上の失敗は許容できない。
部下の遊びのために墜落者どもを飼っていたが、それも終わりだ。
連中は全て始末する。
「イゴール。墜落者ギルドの主力は壊滅したのだな?」
「へぇ。バカ正直に野原に立っていやがりましたんで、野球でもしたいのかと思って、火の付いた手榴弾をたんまり投げつけてやりました」
「墜落者の中に、海兵隊や警察がいたとしても、所詮は素人か」
「ですな。羊の中に1匹2匹、狼が混じっていても意味はありますまい。羊の群れを率いているのは、羊なのは変わらんもんで」
「……ふむ」
カシラは、窓から目を離すと、戦いの準備を終えた手下を見回した。
宙族たちは、古びたボディーアーマーや、手や足、パーツの色合いがバラバラなパワーアーマーに身を包み、機関銃や爆弾、剣などの武器を手にしていた。
彼らは一様に緊張した表情で、カシラの動きを見つめる。
カシラの号令を待っているのだ。
「お前たちの不甲斐なさに、俺は苛立ちがないわけでもない」
カシラの言葉を耳にした宙族たちは、ビクン、と電気に撃たれたように震えた。
激しい叱責、粛清。そういったものを予感したのだ、だが――。
「だが、君らは私やイゴールの命令に従っただけだ。結果が残せなかった。それ自体は残念だ。しかし、諸君らは今この場所に立っている。私にはそれで十分だ」
その言葉を受け、宙族たちの中には、姿勢を正すものが何人か出た。
その者たちに向けるように、カシラは語りかける。
「――信頼は最後に示せば良い。」
「聞け! これが最後のチャンスだ! もう逃げることはできんぞ! 我々はこの星を取り戻す。そして、宙族の誇りを取り戻す!」
「我々はこの星に生きるものに見せつける! 我々が最強だということを!!」
「「カシラ万歳!!」」「「星王さま万歳!!!」」
カシラの言葉に魂の震えを感じた宙族たちは、口々に歓声を上げる。
武器を掲げ、口笛を吹く様子を見つめるカシラは、穏やかに微笑んでいた。
窓から再び廃墟となった街を見て、自らの野望を彼は胸に抱きなおす。
だが、ここでカシラは異変に気く。
ひゅるると気の抜けた音がして、次に爆発が街路のアスファルトを掘り返したのだ。拠点が大砲による攻撃を受けている。
「砲撃か? いったいどこから」
「おやまぁ、墜落者ギルドの残党ですかな」
「クソッ、キング・ベヒーモスを宇宙港に避難させろ。あとは部下の持ち場を分散させるように。まぐれ当たりでやられたらかなわん」
「仰せのとおりに」
イゴールは無線機と内線を使い、カシラの指示を宙族たちに伝える。
砲弾の直撃を受け、いくつかの建物は黒煙を上げていた。
「ん……あれはなんだ?」
歓楽街の端に黒煙が上がっている。
いや、妙だ。煙が動いている。火事であれば煙が動くはずがない。
そう、それは火事ではなかった。
かつてこの歓楽街に資材を運んできた廃線路。
その上を黒煙を高らかに上げる機関車が爆走して、街の中に猛スピードで突っ込んできているのだ。
一切ブレーキをかけること無く、最大速度で終点の車止めにぶつかった機関車はそれを破砕して乗り越え、ここまで引きずってきた貨車を中身ごとぶちまける。
貨車の中からは、鈍く光る銀色の円筒が、豆の乗った皿をひっくり返したように無数に転がり出て、線路の周りのアスファルトを埋め尽くした。
「あれは、クソッ!!!」
次の瞬間、貨車が爆発し、街は緑色の煙、毒ガスに包まれた。
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