宙族との決戦(1)


 よし、うまく事が運んだようだな。

 

 僕らはポチに牽引されたトレーラーの中から、宙族の拠点を見る。


 夕日に赤く染め上げられていた廃墟の都市。しかし、いまは内側から吹き出す緑色の霧のせいで、ビルの灰色は、暗い赤紫や茶色に変化していた。


 ガスは勢いよく放たれた最初には鮮やかな緑色を放っていた。しかし、夕日に貫かれるとその色は暗い黄緑色から、黄土色に変化してきた。


 赤と緑、そしてそれらの中間が混じり合い、色彩は定まらず、混乱している。

 その霧の下で起きている状況も、この色と同じく、混沌としている事だろう。


「きっとあの煙の下は大混乱だろうね」

「えぇ、このまま突き進みましょう。ポチ!」

「プーイ!」


 ポチが乾いた大地をタイヤで切りつけながら疾走する。

 僕らが目指す場所は一つだ。


「ポチ、このまま宙族の拠点にある、宇宙港へ向かうんだ!」

「キュイ?」


「そこは宙族にとって大事な場所なんだろう、いきなり行って大丈夫かい?」


「えぇ、だからこそ、です」


「うん? アタシにもわかるように説明しとくれ」


「宇宙港にある宇宙船は、連中にとっても生命線なんです。だからそこでは大規模な破壊兵器は使えない」


「あぁ、そうか。連中はそこにある宇宙船が『いくつか』必要だけど――」


「僕らにとっては『一機』でいい。その差があります」


「宙族の連中は、基本的に宇宙港に駐機している宇宙船を失いたくはないはず」


「だけどこっちは違います。たった一機でも無事な船が残っていれば、目的を達成できる。宙族と僕たちでは、ゴールポストの位置が違うんです」


「なるほどね、だからこそ、戦いを優位に運べるってわけかい」


「連中は宇宙港で不自由な戦いを強いられるでしょう。でもこっちは、宇宙船を遮蔽物にしたり、宙族にとって貴重な物品や施設を盾にして戦えます」


「向こうは相当頭にくるだろうね」


「でしょうね。でも単純な頭数を宙族と比べると、こちらは圧倒的に少数なので」


「それに装備の質も、だね」


「アーマーや銃器なんかの基本装備は、宙族のほうが断然上ですからね。ポチがいるけど……ポチが比較されるべきは『キング・ベヒーモス』なので、やっぱり向こうの方が装備の品質は上ですね」


「プイ~」


 僕の指摘に、ポチが悲しそうな声を上げた。

 まぁ本当のことだからしゃーない。


「数も質も、宙族のほうが上ってわけだね」


「はい。この期に及んで、こっちの数や質を上げることは出来ません。そうなると、相手の力を下げる以外に方法はない」


「なんか、話の流れが不穏になってきたね……」


「宙族とまともに戦うためには、宙族の嫌なことをする必要があります。今の僕らは、ポチが強いだけで、僕らの装備、とくに防具は全然強化されてない」


「まぁそうだね。で?」


「毒ガス戦術を取れば、『強い装備』の意味が変わるんですよ」


「ん……? あぁ、そういうことかい!」


 ギリーさんも、僕が言わんとすることに気づいたようだ。

 そう、これは絶対に必要なことだった。

 いま毒ガスが満ちているこの戦場では、「強い装備」の意味が変わる。


「ボディーアーマーはもとより、パワーアーマーは基本的に、一部の特殊戦モデルを除いて、化学兵器に対する防護能力が欠けています。」


「今、この場において強い装備とは、『銃弾を防げる装備』ではなく、『毒ガスを防げる装備』なんです」


「アンタと戦うことになった宙族が可哀想になってきたね」


 僕はMRを通して、ポチに進行方向を指示する。

 立ち並ぶ街路を避けて宇宙港に接近させるためだ。


「ポチ、僕の指示通り進むんだ、目的地はもうすぐだ!」

「プーイ!」


 僕たちは夕日が染め上げたカーキ色の霧の中を進んだ。


 僕らとすれ違う宙族たちもいたが、銃を向けられることはなかった。それどころではないのだ。


 宙族たちは一様に腰を曲げ、激しく咳き込んでヘドを吐いている。ガスで肺が焼け、水が一滴もない地上で溺れているのだ。


 街路の端に積まれたゴミに頭を突っ込んで死んでいる宙族の姿も見えた。空気を求めてか、ガスから逃れようとしてかは分からないが……死の無遠慮さは、ある種の滑稽さをもっている。そんな風に僕は感じた。


「…………」


「ギリーさん、おぞましいと思いますか?」


「驚いただけだよ。自分の想像力の無さにね」


「ではもっと想像しましょう。奴らがしたことを」

「あぁ、そうするよ」


「――プイ!!」

「「わわッ?!!」」


 唐突にポチがドリフトをかけ、その場でほぼ直角に曲がった。


 物理学の法則に従った僕は、そのままトレーラーの壁に叩きつけられてしまい、息をする途中だった空気を全部吐き出して咳き込んだ。


「ゲホッ、ゲホッ、ポチ、一体何だ?」

「プイプイプーイ!!」


 僕は吸いかけた息をもう一度吐き出す羽目になった。

 とても現実とは思えない光景を目にしたからだ。

 

 目の前に立ちふさがるのは、陸上を走る鋼鉄の城砦じょうさい

 電柱よりも巨大な主砲と大小無数の砲塔を持つ、多砲塔戦車だった。


「あれが……」

「『キング・ベヒーモス』!!」

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