ソバリアリティ・ショック

「僕は別の作業をするから、ポチはソバを作ってもらえる?」

「プイ!」


 僕はポチにソバ粉を預け、<バキューン>な草を手に取った。


 キャラバンの人たちはそんな長い時間ニートピアには留まらない。

 すぐに売る物を用意しないといけないからな。


 接待と商品の用意。

 どっちもやらないといけないのが、リーダーのつらいところだ。


 さて、まずは<バキューン>な草を精製する事から始めよう。


 僕はテーブルに広げた草を、改めてまじまじと観察した。


 草の見た目は手のひらを広げたように、深い切れ込みがある。

 人の手のように5本に別れた葉はそれぞれに鋭く尖っていて、その表面には産毛のようなものが見えた。


 葉っぱを束ねて香ってくる臭いは、ハーブ類を思わせる爽快なものだ。

 普通に香草としても使えそうだな。


 ふーむ。

 香りは悪くないし、普通に肉の臭みとか消すのに使えるかも?

 

 これを使えば、行列の途切れない、誰もが病みつき料理をお出しする名店ができそう。旅行者のおもてなしに特別なこのスパイスを……?


 ないな。


 辺境惑星とはいえ、流石にそこまでしたら袋叩きにされそうだ。

 止めておこう。


 危険なアイデアを振り払った僕は、フィールドラボに草の束を入れる。

 そしてMRの操作指示に従って薬効成分の分離に取り掛かった。


「えーと、これでいいんだな、開始っと」


 単離プロセスが開始された。


 フィールドラボは草を粉砕すると、けたたましい音を立てる。

 内部の遠心分離機が起動し、<アハーン>や<ウホッ>といった代表的な成分を分離しているのだ。ほどなく終了するだろう。ただ――


<ヴォエッ! ウ、ヴォエッ! ロロロロロロロ!>


 この非常にリアルに吐く人みたいな駆動音は何とかならんのか!

 こっちまでもらいゲロしそうになる。


 体調が悪いときには使わんほうがいいな……。


 さて、モニターには分離に成功した成分がリスト化されている。

 薬効分類表に相当する形で表示されている。


 ふむふむ……あの<バキューン>な草、なかなか優秀じゃん。

 麻酔や色んな種類の疾病にも使えるらしい。


 これ、利用方法次第ではかなり使える。

 生死をさまよう重症を治療する、先端医薬品も作れるみたいだ。


 あの草にこんな効果があったとは……。

 とはいえ、危険性があるのには変わりない。

 最後の手段、奥の手だな。

 

「……ひとつだけ、作っておくか」


 フィールドラボを操作して、先端医薬品を取り出す。

 手のひらに収まる程度の大きさの、ほんの小さな注射器だ。


「エリクサーは使わないに越したこと無いけどね」


 僕はこの先端医薬品をしまうものを探す。

 ん、あれがいいかな?


 以前、コンビニで手に入れた山ほどの保存食料、その空き箱が目に入った。

 これがいいな。この箱に入れて持ち歩くことにしよう。


 この惑星ナーロウでは、どんな拍子で大怪我するかわからないからね。


「さて、それでは精製作業に入るとしますか」


 僕は収穫した草から、おそらくオッチャンが望んでいる成分を集めて抽出する。


<ガ~ッ! ガエッ、エ……ッ! オロロロロロロロ!>


 これあれだ。

 飲み会の3次会までハシゴして、もう吐くものが無くなった人だ。

 ここまでリアルに吐く必要ある?


 まぁ、何はともあれ精製は完了した。


 取り出し口からでてきたモノを取り上げた僕は無意識に「うわぁ……」という声を上げた。


 ビニールでグルグルに巻かれた、ブロック状の白い物体。

 これはクライム・アクションな映画で見たこと有るぞ。


「見るからにアカンやつがでてきた……」


 これでキャラバンから武器を買ったら、マジでそういう映画だなぁ。

 まさか清廉潔白、ただのブラック企業に勤めていた僕が、ブラックマーケットの一員になるとはおもわなんだ。


 まぁ緊急避難だ、うん。この野蛮な世界では武器は日用品だからね。

 こういった特定のお薬が必要な人だっているだろう。


 世界が変われば日常品もかわる。そういうことにしておこう。


 末端価格にして数億円はありそうな白レンガを手にした僕は、母屋を出る。

 すると、手に何かを持っているポチが扉の前にいた。


 おぉ、まさかもうできたのか!


「プイ!」

「これは……!」


 ポチがマニュピレーターの上に乗せている灰色の麺の束を見る。

 間違いない。これはまごうことなき「ソバ・ヌードル」だ!!


「でかしたポチ!」

「キュ~イ!」



 へへへ、ニートピア、か。

 ココとは良い商売をさせてもらったな。


 俺は宙族にだって武器やクスリを売っちまう「誠実な」商人だからな。

 あのサトーとかいう兄ちゃんは、口が軽い割に色々なネタを持っている。


 今後とも、ひいきにしてもらいたいもんだね。

 まぁ、何かあったところで、ランドにサトーを売れば、話は終わりだ。


 なにせあの<バキューン>を育ててるんだからな。

 宙族との関係をでっち上げるのは造作もない。


 あいつが二重スパイとして、俺の変わりに燃やされてくれれば、その時間を稼いだ分、俺はさらに稼ぐことが出来る。宙族の幹部にだってなれるかもな。


 そうしたらもっと大きな商売ができるってもんだ。

 ヘヘ……!


「おっちゃん! 買い物ついでにコレ、喰ってかないか?」

「ほう……なんだいそりゃ?」


 む、取引のための商品を取りに行ったかと思えば……。


 小僧のやつ、ヌードルを出してきた。

 灰色をした見たことない食い物だが、こいつはなんだ?


「これは『ソバ・ヌードル』っていうニポンフードです。故郷の味が忘れられなくて、こっちでも作ってみたんです。薄めた『メンツユ』に漬けて食べます」


 そういえばそろそろ昼時だ。なんだ、気がきくじゃないの。

 まさかニポンフードを出してくるとはな。


「ニポンフードか……チューカと銀河の半分以上を争う美食の総称じゃないか? サトーの兄ちゃんは、それをこのナーロウで再現したってのかい?」


「はい。どうですか!?」

「そこまで言われたら食うしか無いじゃないの」


「どうぞどうぞ……そうだ、おっちゃんのメンツユを使いますね」

「おう、じゃんじゃん使ってくれや」


 黒に近い赤褐色のスープの中を泳ぐ、灰色のヌードルが俺の前に出される。

 ソバ・ヌードルといえば、銀河の中央、キョート・プラネットでしか食えないという高級料理だ。まさかそんなものがこんな辺境で食えるとは!


 俺は「ソバ」とかいうものは、初めて食べる。

 いったいどんな味なんだろうな……。


 俺はフォークで器に入ったヌードルを手繰り寄せて口に入れた。

 芳醇な香りと塩味の強いスープは、独特の印象だ。

 

 ヌードルは噛むと、いや、俺の歯に当たるだけでプツプツと切れた。

 だが一切不快じゃない。ボソボソではなく、喉越しはツルリとしている。


「う!」

「どうしました?」


 にこやかに笑うサトーの顔がゆがむ。俺の意識が遠くなっているためだ。

 喉の奥が腫れ上がり、息が詰まる。


 こ、これは毒?!


 コイツまさか俺を、宙族のスパイだって見破ったってことか?

 いかん、気が遠くなる、クソッ……!!


「「おっちゃん……!」」


◆◆◆


 俺と一緒に蕎麦を食べていたオッチャンが倒れてしまった。


 そんな、まさか……。

 おっちゃんが、オッチャンが――




 ソバ・アレルギーだったなんて!!!

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