老いた巨象

◆◆◆


 宙族のカシラは酒精に口をつけながら、文明の品々を見ていた。


 とうに廃れた流行りの形をしたテーブルランプ。低俗で安っぽく、その時限りの売れ行き、それだけを求めた、安っぽい作りの家具や家電たち。


 どれも時代から取り残された品物だ。これらを見るカシラの瞳に興味の色はない。関心よりも、苛立ちの色が浮かんでいた。


 これらを見ていると、別の不愉快な考えがカシラに寄りかかってくるのだ。

 文明世界での快適で清潔な暮らしぶり。それらを思い出すにつけ、辺境暮らしの惨めさを痛感せずには居られなかったのだ。


 文明世界にいる企業家、資本家、そういった者たちの贅沢な生活を支えるため、遠いナーロウでせっせと仕事に励んでいるというのに、自分達はなんとそれとは対照的な生活をしていることか。浅ましい連中に囲まれ、汚染物質の霧がたちこめる中、生きるために戦っている。


 カシラはいつの日か、強大な金と力を手に入れ、文明世界に戻ってやるつもりだった。そうして、ソファーにふんぞり返った良いスーツの男たちの顔面に、冷たい鉄の塊を突きつけてやる。そんなことを想像してた。


 自分達をこんな場所に押し込め、嘲笑している奴らを皆殺しにする。

 カシラの心を支えているのはそんな暗い夢だった。


 だが、そんな彼の物思いは不意に訪れた地面の揺れで中断される。


(……どうやら順調のようだな。)


「へぇ……! うまくいきましたよカシラ!」

「動いたか。」


 カシラに声をかけたのは、首を曲げていないのに、傾いた顔をした道化。

 イゴールだ。


「はい! それはもう……ですんで」


「前回の戦いについては、もうとやかく言うまい。それより――」


「生き残りの話では、破壊工作に送り込んだはずのドラゴンとグリフォンが戦いに現れたのだったな?」


「へぇ! 全く蛮族共は、恩知らずにもほどがありますな! 金魚だってもう少しエサをくれた人間になつきますよ!」


「ふむぅ。混種の力は人の比ではないからな……近接格闘に持ち込まれれば、パワーアシストのあるカスケットと言えども、そう長くは持つまい」


「ではどうしましょう? 白旗を買いに行きますか?」


「それには及ばん。連中のために店に残しておけ。前回の攻撃が失敗した理由は、ひとえに支援火力の不足によるものだ」


「すこしばかり、弾代をケチりすぎましたな。弾を惜しんだばっかりに、アーマーを土産に置いていくことになっちまいました」


「前回使ったパワーアーマーはカスケットだからな。あれなら鹵獲される心配はない。せいぜいスクラップにするのが関の山だ」


 カスケットに人間を乗り込ませるには、専用の機材で医学的な処置をする必要がある。墜落者ギルドの連中が、アレを着込んで逆襲してくる恐れはない。


 あいつらにできるのはせいぜい、装甲板を引っ剥がして、ただのアーマーに仕立て直すくらいだろう。カスケットのパーツをそのまま活かして何かを作るだけの技術力は無いはずだ。


<ゴゴゴゴゴ……><キュラキュラキュラ>


 腹の底に響く低音がカシラの居るビルに到達し、一面ガラス張りの窓もビリビリと震えている。そして目の前に、この音の主が姿を表した。


「きました、きましたよ!」

「あれが『キングベヒーモス』か。勇壮な見た目をしているじゃないか」


 大地を進む巨象がそこにいた。


 4重になった幅広の履帯を持ち、それが支える本体は、3階建てのビルをそのまま横に倒したとしても、それよりもまだ大きい。


 胴体の上には主砲塔の他、それを囲む無数の砲塔があり、それらはあらゆるスキマを探して埋め込まれているといった風情だった。


 それはまさに、イクサのための存在。

 機関銃と重砲で飾り立てられた、地上を進む戦争のための神殿だった。


「まるで武器屋ですな! すっかりカビが生えてたエンジンをなだめすかして動かしましたが……カシラ、ありゃ一体なんなんです?」


「キングベヒーモスはただの兵器だ。連邦の軍縮条約で新たな制作と所持が禁止されただけの、ただの陸上戦艦だよ」


「そんなに強いんですかい?」


「強いな。衛星軌道上からの爆撃でないと潰せない。同じ地べたに立っている場合は、同じような陸上戦艦でないと勝ち目はないだろう」


「そりゃ凄まじい話ですな!」


「万全の状態ならばな。あの老いた巨象の兵装は、その何割が使える?」


「だいたい半分より下といったところです。主砲も塞がっちまってますよ」


「復旧を急がせろ。必要なら備蓄している物資を使っても良い」

「へへー! ですがカシラ……もし、それでも足らなければ?」


「いつも通りだ。


「――かしこまりました!」


◆◆◆

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