サソリと人竜

「おりゃー!」


 突進してくるサソリと僕らの間に、雄叫びを上げたハクがおどり込んだ!

 彼女はさっきよりもたくさんの白い鱗を体から浮き上がらせている。


 いや、鱗だけじゃない、頭から伸びているツノとつるんとした尻尾。

 まさに半人半獣ってかんじだ。


 これならきっとサソリもワンパンだな!!


<ドカッ!!>


 彼女の白い拳がサソリの頭、黒い甲殻に突き刺さっ……。

 いや、拳は表面で止まっている!


 完全な獣になってないとはいえ、気合の入ったハクの一撃を止めただって?

 あのサソリの殻、金属製のシャッタ―以上ってこと?!


 あのサソリも絶対、ここを運営してた企業に何かされてるだろ!!!


「シュシュシュシュシュ……シャァ!!」


 サソリはタイヤから空気が漏れるみたいな、独特の声を上げる。

 声の調子からすると、大変にお怒りの様子だ。


 ちょっかい掛けなければ、何もしてこないってギリーさんの話だったけど……。

 縄張りの中に入ったのは僕たちだしな。もう戦うしかない。


 サソリは肉薄しているハクにハサミを振り上げ、振り回す。

 不味い、アレじゃ近すぎて避けられない!!


<ザシュ!!>


 飛び散った鮮血が、床の砂と商品棚を汚した。


 金属以上の強度の殻、それと同じ材質で出来ているサソリのハサミだ。

 性能の凄まじさは容易に想像できる。

 現にハクが身にまとった鱗でも、サソリのハサミを止められていない。


 だが……浅い!


 ハクは砂の上にも関わらず、軽快なステップを踏み、それと上半身を反らすことを組み合わせて、致命傷になることを防いだ。


 彼女はドラゴンだけど、尻尾の動きも相まって、今の彼女は猫みたいだ。


 サソリはなおもハサミを前に出してバチン!と閉じる。

 だがそれもハクは最小限の動きで、するするっとけていった。


 こりゃ……もう「わかった」って感じだな。


 横薙よこなぎに「ブン!」と振られたハサミをかわす為に身を低くしたハク。次の瞬間、砂の上に小さな足跡を残し消える――いや、跳んだのだ!!


 膝を曲げてかがんだのを、彼女はそのままジャンプの力にかえたんだ!

 

 弾丸のように弾けて飛んだハクは、サソリの背中、黒い甲殻の上に着地する。


 一体何を……あっ!


 背中に乗られたサソリは、ハサミをガチガチするが、ハクには届かない。

 そうか、背中はハサミの死角なんだ!


 背中の上で不敵に笑ったハクは、鱗で完全に白く染まった両手で、サソリの黒い腕をぎゅっと掴む。


「おまえの『それ』いいな! ちょっともらうぞ!」

「シュシュシュ……シュェェェェェ?!!」


<ブチイィ!!>


 ハクは力づくでサソリの腕を引きちぎる。おおう……。


「わーぉ」

「ひぇーだね。流石は蛮族。すさまじい怪力だよ」


「怒らせたら……僕の腕とかもああなります?」

「もちろん。人形みたいに引っこ抜かれるだろうね」

「ひんっ」


「シシシシシ……!」


 腕を引きちぎられたサソリは、苦悶と悲痛を感じさせる鳴き声を上げた。

 すると無数の足で地面をドコドコ叩き、体を揺らして回転しだす。


 なるほど、大暴れして、背中のハクを振り落とすつもりか!

 しかしハクは尻尾にしがみついて逃さない。


 サソリは尻尾を掴まれた状態で、思い出したように尻尾の毒針を前に突き出す。

 が――


<ザシュッ!!!>


 ハクが腕に抱えたハサミをぶん回すと、尻尾は半ばから断ち切られた。

 そうか、やつのハサミなら――ヤツ自身の甲殻を貫けるってことか!


 尻尾を切られ、動揺したサソリは棚を押し倒して逃げようとする。

 しかしハクはそれをまったく許さない。 


 彼女は奪ったハサミの先を下に向け、何度もサソリに叩きつける。


<ズガッ! ザクッ! バキッ!>


 ハサミの先はかつての持ち主に襲いかかる。

 鉄のシャッターを超える頑強さをみせたサソリの甲殻も、自身のハサミ、そしてドラゴンの怪力が合わさった攻撃には、まったくの無力だった。


 いく度となくサソリに振り下ろされる黒いハサミは、頭部の分厚い殻を変形させ、最後にはグシャリと潰して灰色の血肉を床の砂に染み込ませていった。


 ピクリとも動かなくなったサソリ。

 その上で彼女は「戦利品」を掲げると、喜びを叫んだ。


「これ……いいな! もらってくぜー!」


 どうやら冷蔵庫や缶詰よりも、それがお気に召したようだ。


「何か……銃を撃つチャンス」


「まったく、なかったねぇ」


 ハチャメチャになったコンビニの中で、僕はふと思った。

 この惑星ナーロウでは、銃を撃つよりも殴り合いのほうが役に立つのでは?


 これまでにあった存在を考えてもみよう。


 隕石を落とす、まるで銃の効かないウサギ。

 鉄以上の強度の甲殻を持つサソリ。


 そんな連中を素朴な武器で圧倒するのが、ドラゴンとグリフォンたち。

 生まれながらにして「強い」存在。


 彼らは獣の強さと人の器用さが両立している。

 今この場で見た通り、「道具を使う」ことができるのだ。


 もともとが強い上に、道具を使ってさらに増すことが出来る。


 考えても見れば、銃の威力は込められた弾丸以上にはならない。

 だけど槍やハサミは、素材さえ強靭なら、彼らの筋力次第で強くなる。

 彼女たちは銃なんてものを使う必要がないんだ。


 こんなの相手にペシペシ鉛玉が出るだけのオモチャが役に立つか?


 僕はとんでもない辺境世界に降り立ってしまったんじゃ……?

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