もっと重要な点は

「ん?」


 ギリーさんと冷蔵庫の前で騒いでいる時だった。

「コツン」と何かが僕のかかとにぶつかった。

 しゃがみこんで、当たったものを拾い上げてみると、空き缶だ。


「わ、危ないところだったな」


 元はフルーツか何かの缶詰だったのだろう。

 しかし奇妙なことに、缶の上の部分がザックリと断ち切り取られている。


 缶詰を使わずにナイフか何かで切ったのか?

 荒っぽく開けられたカンのフチは、カミソリみたいに鋭い。

 当たり所によっては、危うくケガするところだったな。


「なに騒いでるんだ―?」


 棚の上のもので遊んでいたハクは、冷蔵庫の前で騒いでる僕らに興味を持って、砂の上を滑るようにやってきた。あ、それ危ない。


「足元に気をつけて! とがったものとか、空き缶がそのままだ」

「お、ほんとだー!」


<カン! カラン……コロン!>


「あるぇー……?」


 彼女が勢いよく滑った先から、空き缶がコロコロ転がりだした。

 でも、ハクの足はなんともなさそうだ。


 そういえば、彼女の体の表面にはところどころ鱗がある。

 あ、それでか!


 人形態でもそんなに頑丈なんだ……すげえなドラゴン。


 人体の不思議(?)に驚愕しつつも気を取り直した僕は、目の前にある冷蔵庫の事を、彼女に説明することにした。


「ほら、これだよハク。これは君の知ってるクーラーに似てる、冷蔵庫っていう、電気で動く機械だよ」


「おー?」

「ほら、こうして触ってみて」


 普段大胆なハクだが、それでもさすがに目の前の奇妙なものが怖いのだろう。

 指先を丸め、恐る恐るといった感じでガラスに手を近づける。


 「ちょんっ」「ちょんちょん」「ぺたっ」

  ガラス戸に開いた手を押し付けた彼女の顔が、ぱっと明るくなった。


「おお! 川の水みたいに冷たいぞー」

「そうそう、川の水に野菜入れて冷やしたりしない? この機械はそう使うんだ」


 僕は冷蔵庫の使い方を説明するが、そんな事、ハクはどこ吹く風だ。


 冷蔵庫のガラス戸に顔をぺたりとくっつけると、「ちべてー!」と、冷たさを楽しんでいる。ああ、これは僕も子供の頃やった気がするな。


「そうだ、中の物を取り出してみよう。ハク、そこからどいてくれる?」

「おー? なんだなんだ」


 僕は冷蔵庫の中身を取り出してみる。

 炭酸ジュースや果実ジュースは……見た目は変わらないが怖いな。

 水……にしておくか。特ににごってもいないようだし。


~~~~~~

※作者による補足※

 水に賞味期限が設定されてるのは変質するからではなく、内容量が変化することによって法律に抵触するため、だそうです。適切に滅菌され、見た目や香り、味に変化がなければ、賞味期限が切れていても、飲用に供せる可能性があります。

 あともっと重要な点は……サトーは「サイコパス」だということです。

~~~~~~


 ちょっと古いのが心配だけど、見た目はなんともなさそうだ。


 それに、そもそも彼女はドラゴンで、生物学的にはヒトじゃない。

 カミソリみたいな空き缶を踏んでも平気なら、ちょっと古い水くらい、飲んでも平気だろう。


「ほら、冷えたお水だよ」

「おー? ちべたい!」


 僕は彼女に栓を開いたボトルを手渡した。

 ボトルの冷たさに驚いたのか、ハクは長い睫毛まつげをしぱしぱさせている。

 

「おいサトー、何年前のかわからないモンを飲ませるのかい?」

「あ、やっぱりまずいですか?」

「マズイに決まってるだろ! 腹を下したらどうすんだ!」


「ふふ! まずくないぞ! 冷たくて美味うまかったぞ!」

「「もう飲んでるぅっ?!」」

「んー?」


 気づいたらハクは飲み干していた。

 直ちに影響はないなら……ゴクリ。


「じゃ、僕も一本、あいたっ!」


 僕も水を取ろうとしたら、スパン!と後頭部をギリーさんにはたかれた。


「サトー、あの子に毒見させたみたいになってんじゃないか!」

「その節は大変申し訳無いと」

「アタシに謝っても意味がないだろ」

「はいぃ!」


 えりを掴まれて前後にブンブン振り回された。おっかないよぉ……。


 ハクに謝ったが、それより彼女は冷蔵庫に興味しんしんといった感じだ。

 僕の言葉も耳に入らない感じでぺたぺた触っている。


「これすごいなー! これあれば川に行かなくて良いのか―?」

「うーん、水が欲しかったら川に行く必要があるかな」

「えー? でも水なら入ってるぞー?」


「それはよそから運んできたんだよ。『これ』から出てくるわけじゃないんだ」

「そうなのかー」


 ともかくこれを持ち帰らないとな。

 しかしこのデカい冷蔵庫、解体したとして、入り口通るかなぁ?

 それに、これが動いているってことはどこかに電源が――


 出口を振り返った僕は「ん?」と強い違和感に襲われた。


「砂……こんなに盛り上がってたっけ?」

「――ッ! 退きな!!」


<ズズズズズ……ドバァッ!!!!>


 コンビニの床を水のようにおおっていた砂が波打って弾ける。

 そして砂の下から、つるっとした黒い外皮を持つそれが現れた。


「サソリ?! 何でこんな所に……!!」

「地面を掘って、巣にしてたみたいだね!」


 ……あ! まさかあの空き缶って!


 シャキンシャキンと金属が擦れているような音を立てるハサミ。

 こいつの仕業か!


 しかもこのサソリ……コンビニの商品をたんまり食ったせいだろうか?

 外にいた子犬サイズのサソリに比べると、ふた周りくらい大きい。


 奴がこっちに向ける毒針を持った尻尾は、人の背丈くらいある。

 胴体の方も人間大の大きさ。こうなると嫌悪感より恐怖のほうが勝ってくる。


 僕はマシンガンの安全装置を外して、腰だめに構えた。


 ここでコイツに大暴れされて、貴重品を壊されたくない。すぐに片付けないと。

 特に冷蔵庫、あれだけは守らないといけない。


「サトー、やるよ! 静かに、そして素早くだ」

「はい!」

 

 次の瞬間、サソリは僕たちが銃を構える所作に素早く反応する。

 地面を走る音もなく、まっすぐこちらへ突進して来たのだ!


(ゲッ、早すぎる――ッ!)

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