お肉パーティ(3)

 クロは鳥の前脚に、ハクはトカゲの口に、それぞれ野菜の束を咥えていた。

 どうやら行った先で首尾よく「お野菜」を見つけたみたいだ。


 彼女たちの見た目、いかにも肉食系だけど……。

 お野菜がダメってわけじゃないんだな。なんか意外。


 ハクとクロ、白い鱗を赤く光らせたドラゴンと、赤い空に黒のシルエットで浮かび立つグリフォンが僕の頭上に来て、ニコっと笑ったように見えた。


「かえったぞぉー!!」

「あ、ハク、貴方しゃべると――」


 直後、僕の頭上から、土と一緒に野菜の雨が降り注いできた。


<ドサササ!!!ドササッ!!!>


「ぬわぁぁぁぁぁぁッ!!!」

「手遅れでしたわね……」

「あ、わりー! 生きてる?」

「い、生きてます……豆で良かった……イモだったら即死だった」

「も、申し訳ありません、コラ! サトーさんに謝りなさい!」


 そう言ってクロは前脚でハクの頭をつかもうとする。

 つまり、彼女も手に持ってるものを手放したので――


<ドカドカドカ!!ドカカッ!!!>


「イモォォォォォッ!!!」

「あ……わたくしとしたことが……失礼しましたわ!!!」

「プイプイ!!」

「サトー、ごめんなー!」


 野菜の山に埋もれた僕は、慌てたポチに引っ張り出される。

 ぺっぺ、口の中に草と土が入ってしまった。土臭いやら青臭いやら、もう!

 ひどい目に合ったよ。


「ま、まあ、生きてるんで大丈夫です」


 僕が野菜の中から抜け出したら、二人(?)も、そっと地面に降り立っていた。

 う、ドラゴンとグリフォンの姿のままなので圧がスゴイな。


「思った以上に取ってきましたね?」

「うん、いっぱい取ってきたぞ―! すごいだろ!」

「はい!! お二人共すごいです!」


 僕がほめたことに二人は満足したのか、ゴロゴロと喉を鳴らす。

 迫力が迫力なので、猫というよりは雷みたいだな。


「じゃあ、早速料理しちゃいましょうか」

「そいじゃま、やるかねぇ」


 僕は二人が地面に落とした野菜の仕分けを手伝う。


 一体どこで引っこ抜いてきたんだろう?

 彼女たちが持ってきたのは、小さな豆がいっぱいついた草。

 MRによると……なるほど落花生ピーナッツか。

 それと、赤っぽい色をした、大きなジャガイモ風のイモだ。


 ジャガイモはこぶし大の大きさで、皮が分厚くて硬い。

 重さの感じと言い、ちょっとカボチャっぽい所もあるな。

 どれどれ、これも調べてみよう。ふむ――。


 この野菜は「ジャガボチャ」と言うらしい。見たまんまだなぁ。

 MRの解説によると、遺伝子改良された根菜だとか。


 先にピーナッツを落とされて助かったな。

 このジャガボチャが先に落ちてたら、僕は死んでたかも知れない。


「茎や葉っぱを取るくらいはできるだろ?」

「ええ、それくらいなら」

「キュイ!」


 文明社会に生きてきた僕でも、流石にそれくらいの事は出来る。

 葉っぱをちぎるくらい、MRを使うまでもない。


 まずは使えるやつ、無事なやつだけを取り分けていく作業だ。

 ピーナッツの実をプチプチとちぎって、枯れた実を捨てる。

 

 あとはジャガボチャの実を手に持ち、えいやっと茎をねじり、実の部分を取る。

 そうして僕が整理した作物は、ポチが運び、ギリーさんが調理する。


 彼女は落花生を受け取ると、からはそのままで、カマドのくぼみにポイポイと放り込んだ。


 カマドにあるこの半球くぼみはなべのかわりだ。水が張られた半球の中では水がグラグラ沸騰していて、ピーナッツはフツフツと沸く熱湯の中で踊った。


「こんなもんかね、煮えたらコイツをすりつぶして肉のアテにするといいよ」

「へぇ~、お肉とピーナッツっていうのは初めて組み合わせですね」

「ジャガボチャはそのまま焼くのがいいね」

「だなー! 皮も甘いぞー」


 ジャガボチャはサツマイモみたいな感じなのかな?

 見たこと無い野菜だし、ちょっと楽しみだな。


「ふむふむ、じゃあ焼く場所も用意しちゃいますか――どうしましょ?」


 このニートピアには、バーベキューに使う鉄板みたいな調理道具がない。

 一体何で焼けば良いんだろう。


「ふふ、ちゃんと持ってきてありますわよ。ほらハク」

「おう、これなー!」

「石の板……?」


 ハクが手元からとりだしたのは、薄い、白い石の板だ。

 あ、これを鉄板代わりにするってこと?


「お、ハクちゃん流石だねぇ。サトーなんかより、ずっと気が利くね!」

「だろー!」

「グフッ! また流れ弾が……まさかですけど、この石の上で焼くんですか?」

「そ、意外とこれが良く火が通るんだよ。さ、置きな」

「よっしゃ、置くぜ―!」

「ハク、注意して、落とさないでくださいまし」

「まかせなー!」


 カマドの半球の横、ゴウゴウと燃え上がる炎が顔をのぞかせている穴の上に、ハクはそっと石の板を置いた。


 トカゲの手で置かれた石の板はかなりゴツい。

 これを人間が運ぼうとしたら、3人以上は必要だろう。さすがドラゴンだなぁ。


 さて、かけられた石の板だが、強烈な直火を喰らい、あっという間に加熱する。

 温度を確かめるために手をかざすと、チリチリと灼けるようだった。


 こりゃすごい。


 ニートピアに鉄の調理器具なんてほとんど無いからね。創意工夫でなんとかする必要があると思ったが、まさか石をそのまま使うとは思わなかった。


「じゃ、始めましょうか」

「「「はーい!!!」」」


 僕は早速、赤熱する石の板の上に肉を敷いた。

 するとうさぎの肉は即座に「ジュッ!」っと脂の溶ける音を演奏し始めた。


(うーんこの香り。素晴らしいな)


 この肉の焼ける音を上演の合図とし、ニートピアで初の食事会、お肉パーティが始まった。繚乱りょうらんする肉。ジャガボチャ。素晴らしいひとときだった。


 文明の進んでいた世界――いや、進みすぎた世界に住んでいた僕は、こういった食事を知らない。


 食事といえば、運搬と加工に適した形になった人工ミートパテ。

 子どもたちは粒や輪切りになる前の野菜の形を知らない。

 そういう世界に生きていた。

 

 しかし、僕の目の前にあるこの食べ物はちがう。

 命だったもの、そのありのままの形を喰らっている。


 嗚呼――。

 ……。

 …………。


 なんだろう。本来ならもっと感動すべきなのだろう。

 だが僕の心のどこかが、これを「そんな程度」として抑え込んでいる。

 そんな気がする。


(いや、サトー、それはただの気のせいだ)

(きっと色々ありすぎて、自分でも整理がついてないだけだよ)


 そうだな、普段出会えないものに出会えた。

 たったそれだけのことで「感動しろ」なんて、押し付けがましいにもほどがある。そうとも、これはそんな大したことじゃない。


「どうしたサトー?」

「あ、え? いや、何でもないです」

「そうですの? 何か難しい顔をしていましたけど」

「普通、墜落者連中ってこういった肉の食事に感動するもんだけどねぇ」

「だなー! みんなニクニクうるさかったぜ―!」

「ハク! サトーさんはとは違いますのよ」

「そうなのかー。てっきりサトーはニンゲンのムグぅ」

「ホホホホホ、何でもありませんわ!」


 クロは何かを言おうとしていたハクの口を焦って塞いだ。

 うん? まあいいか。


「なんか、アンタは変わってるね」

「そうですか?」

「ま、こんな世界に堕ちてきたんだ。変わり者の方が気が楽かもね」

「はぁ」


 そういえば……。

 僕はふと気になったことを。ハクとクロに聞いてみた。


「……あ、素朴な疑問なんですが、ひとついいですか?」

「なんだー?」

「なんですの?」


「お二人はなんでその姿のままお食事を?」

「なんで戻るんだー?」

「そうですわよ、人の姿では、いっぱい食べられませんわ!」


 あ、胃袋の大きさは姿依存なんだ。


 その後、お肉パーティは夜まで続いた。


 ハクとクロの二人の食いっぷりは凄まじく、ジャッカロープの肉は、半分以上が消し飛んだ。まあ、ウサギを狩れたのは彼女たちの協力があってのことだ。

 腐らせ、無駄にしなくてよかったと見るべきだろうね。


 彼女たちの大食らいっぷりはスゴイが、まだ慌てる時間じゃない。

 食料の確保については、まだまだやれることがある。


 そう、せっかくハクとクロという、人達が来てくれたのだ。

 明日からはついに「農作業」に取り掛かるとしようじゃないか!!


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