ナーロウの世界情勢(1)

「アンタ……いつまでもアンタだと言いづらいね。名前は?」

「サトーです。」

「ふぅん? 奇妙な名前だね。覚えやすくていいや」


 そりゃどーも。


「サトー、惑星ナーロウにどんな連中が居るか知ってるかい?」

「いえ、墜落者ギルドの人たちの他に出会ったのは、エルフとオークと、ゴブリンくらいですね」

「運がいいね。最悪の連中には会ってないわけだ」

「最悪の連中……?」


 ゴブリンたちも十分ヤバかったが、もっと危険な連中がいるのか?


「言葉だけだと説明しづらいね。簡単な地図を書いてやろう。表に出な」

「あっはい」


 元倉庫に居た僕は表に出る。

 するとエルフは井戸の方を見て声を上げた。


「あれがいいね」


 彼女は井戸に近寄ると、井戸のフタを立てかけるのに使う棒を手に取り、砂の上に何か描き始めた。こんな手間をかけてまで説明してくれるとか、思ったよりイイ人なのかもしれない。


 彼女はニートピアを示す大きな丸を掘ると、線を引いた。

 この線はきっと道のつもりなのだろう。


 道は僕がギルドマスターと出会った墜落者ギルドへ繋がり、その先へ伸びていく。上の方、つまり北に延びていくと、あるところで線がピタリと止まった。

 すると、ニートピアの何倍もある大きな丸が砂地に掘られた。


「ココ、ココがこの星で一番やばい連中の居るところだ」

「何者なんです?」

「宙賊連合、宇宙海賊のあつまりさ」

「ガチの犯罪者集団じゃないですか!」

「そ、あたいらは腕で稼ぐけど、連中はいつもそれで飯を食ってる。気まぐれに襲撃しては人をさらったり、食い物や金目のものを奪っていくね」

「うへぇー」


 宙賊、簡単に言えば海賊の宇宙版だ。


 宇宙は広い。広すぎる。

 連邦がパトロールしているといっても、とても対応しきれる広さじゃない。

 そう簡単に捕まらないとなると、当然のように治安は悪くなる。

 で、宇宙を荒らし回る宙賊という犯罪者集団が生まれた。


 宙賊は無人の採掘ステーションや、武装の貧弱な星間貿易船を襲う。

 そして装備が整うと、軍の輸送艦まで襲いだす。

 大規模な宙賊集団になると、一つの惑星を占拠することも珍しくない。


 その宙賊がこの辺境惑星ナーロウを根城にしていたとは。

 まさか、この惑星に産業廃棄物を不法投棄してる連中って、彼らと癒着してるんじゃないか?


 宙賊達は表向き法律に触れない企業を運営して、その裏でここに捨てるよう指図しているとか?


 待て待て……そんな事はそう長くやれるもんじゃない。


 いくら惑星ナーロウが辺境といっても、大量の産業廃棄物質を投棄していれば、アレ? あの会社の処理量おかしくねって気付くやつが一人は出てくる。


 そういった都合の悪いことを「消毒」するのは政治力が必要だ。

 危険な産業廃棄物の総量は公的機関が記録している。

 統計の改ざん、データのすり替えにはお偉い人の権力が必要になる。


 あっ。


 ……惑星ナーロウに拠点を構える宙賊は、政治の中枢にコネを持っている?

 うん、すっごい有り得そう。

 やだなぁ、これはキナ臭くなってきたぞ。


 つまり連中の行為はお偉い人たちの「お墨付き」ってことだ。


 もし、宙族の問題を根本的に解決しようとして、攻撃したら?

 外部から応援がやってくる可能性もある。


 向こうはやりたい放題できるのに、こっちは下手に攻撃できないとか……。

 厄介すぎるだろ!!!


「難しそうな顔して、どうした?」

「ちょっと嫌な考えが頭をよぎりまして」

「ふーん?」

「その宙賊連中がココに住み着いてるんですか?」

「ああ。宙賊連合の連中はここ、ナーロウのかつての中心部に陣取ってる。宇宙港、ホテル、ショッピングセンターなんかがある場所だね」

「なるほど……ニートピアをもらっておいて言うのもなんですけど、墜落者ギルドの人たちの技術が遅れてる理由はそれですか」

「そうさ。この星に残った先進技術は、宙族の連中が独占してるのさ」

「使えるものを拾い集めるのも大変なんですね」


 ギルドマスターの言い分によると、墜落者ギルドの目的は、宇宙船を作ってこの惑星を脱出することだ。


 だが、この状況をみると、それがかなり危険をともなう計画だとわかってきた。


 宇宙船は先進技術のカタマリだ。

 電気を使うのに四苦八苦しているようでは、開発まで数千年かかる。

 

 そんなに時間をかけていられない。宇宙船が飛ぶ前に寿命で死んでしまう。

 なので当然、墜落者ギルドはすでにある物の流用を考えているはずだ。


 一番手っ取り早いのは宇宙港にある船を奪うこと。

 こっそり忍び込んで使えるパーツを盗む……回収することだ。


 しかし、宇宙港の持ち主は犯罪者集団の宙賊。

 やつらの本拠地に行かないと、宇宙船の部品は手に入らないってわけだ。


 宙族がそう簡単にくれるはずがない。奴らは犯罪の証拠を知る人間を外に出さないよう、お偉い方々に言いつけられてる可能性すらあるのだ。

 見つかれば間違いなく殺されるだろう。


 まともに宇宙船を作れば数千年コース。

 楽しようとすれば、今度は戦争をおっぱじめないといけない。


 どちらも楽な道じゃない。

 しかし比較的早く済みそうなのは後者だ。


 墜落者ギルドのマスターは、宙賊との戦争を考えている?

 ……ありえるな。


 彼は高齢だ。

 自分の残された短い寿命に焦って、用意が不十分なまま攻撃を仕掛けるかも。

 そうしたら、僕のような新入りは使い捨てにされる。


 うん、そうなったら墜落者ギルドを抜けることも考えよう。

 それで宙族の手下に……はありえないな。始末されるのがオチだ。


 ってことは、最悪自分たちだけでなんとかしないといけないか……。


「宇宙船の材料を手に入れるには、宙族と真っ向から争うことになるわけですね」

「そうだな。まあ勝手にやってくれって感じだけどね」

「ギリーさんはこの星を出ようとか思わないんですか?」

「なんで出ていく必要がある? 私たちはこの星で生まれたんだ」

「そうですね。つまらないことを聞きました」

「説明を続けるよ。お次は宙賊のつぎにヤバイ連中、蛮族共だ――」


 そう言ってギリーさんはニートピアの近くに線を引いた。

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