最初の住人

「さて、これで動かせるようになったはず……ウッ?!」


 僕は急な目眩めまいに襲われた。

 飲み込んだ制御チップに欠陥か異常があったのか?

 しまった! まさか、久美子が干からびたのはコレのせいか?!


 僕は取り返しの付かない失敗をしてしまったかも知れない。

 最悪の考えに囚われて、心臓がバクバクする。


「不味い、不味いぞ?」


 僕はなんとかしようとして、略奪した医療キットに手を伸ばした。すると、キットの中入っている物品の上に、光る文字が浮き出した。


 ナノカーボンテープの上に「N95汎用止血帯」と、角ばったフォントが出現し、その下には使用法を書いた文字列が2色のイラストと共に流れ始める。


「あれ……MR? なんで?」


 MRとはマージナルリアリティ、現実世界に各種情報を表示する技術のことだ。センサーが僕の周囲にある現実空間を認識して、情報や操作可能なインターフェースを表示する。


 シンプルに言えば、この世界にあるものすべての名前と使用法、そして豆知識やフレーバーテキストが表示されるようになったってことだ。


 MRは教育を受けてない個人でも、複雑な機械が操作できるようにする。

 つまり、僕のような素人でも、高度な作業ができるようになるという訳だ。


 通常はゴーグルみたいな機械を使うはずなのだが……僕が飲み込んだチップにはMRの機能も入っていたのか。半端ないな。


 気が付いたらもう目眩は止んでいる。そういえばMRは感覚の調律をするとかで、一時的な目眩をひき起こすんだっけ。あ、焦ったぁ……死ぬかと思ったよ。


 ともかく、今の僕の視界はめちゃくちゃ便利になった。

 近くにあるものに注意を向けると、即座に名前と概要が表示される。

 足元で停止しているロボットも同様に、だ。


「ふむふむ、『ポチ』っていうのかお前」


 ポチと言う名前の横に、いくつか閉じられているタブがあるな。このどれかがこの子のマニュアルのはずだ。


「えーとこれかな? お、アタリだったっぽい」


 僕はロボットの上に浮かんでいるUIを操作して、ロボットの説明を表示させる事に成功した。どうやらこいつは工業用の建設ロボットで、僕が指示をすれば建物の建設、解体を行えるらしい。すげぇ!


 もちろん、ポチに充電用の発電機や電源を用意しないといけないという問題はあるが、長期間の休眠のおかげで、しばらくポチに充電は必要なさそうだ。


 ポチの充電が切れるまでに電気関係の施設を用意できればベストだが、用意できずに充電が切れてしまっても、休眠させればそのうちポチの電源は復活する。

 だから基本的にポチの力は使いたい放題ってことだな。

 よしよし……なんか行けそうな気がしてきたぞ!


「えーと、起動させるには、と……」


 僕はMRのUIを操作して、強制起動を選択した。「強制」というと聞こえが悪いが、ポチのようなロボットは、割り振られたタスクがないと省電のために停止するようになっている。なのでこうする以外に方法がない。


『プイ? キュイ!』


 起動したポチは、ハムスターに似た声を上げる。

 主の姿が変わったことに疑問を抱いたのか、足を器用に使って、小首をかしげるようなジェスチャーをする。ロボットとはいえ、なかなか感情豊かなやつだな。


「やぁポチ。君のご主人は残念なことに肉体が破損してしまった。わかるかな?」

「キュイ~……」


 ポチは体を振り、ようなジェスチャーをする。

 久美子はこの子にだいぶ懐かれていたらしい。


「でも、彼女のビブリオ自体は無事だ。君の協力があれば、彼女を復活できるかも知れない」

「キュ、キュイ!?」

「うん、そうだとも……彼女を救えるのは君だけだ!」

「キュキュ!!」


 僕の熱い言葉を受けたポチは、その姿勢を正したように見えた。顔のないロボットなのに本当に感情豊かだ。ちょっとほっこりする。


「ひとまず僕のコロニー、ニートピアっていうんだけど、そこに来てくれるかな?君の助けが必要な仕事がたくさんあるんだ」

『キュイ!』


 同意を示したのか、先ほどより高い音程でポチは返事をした。「後について来て」と言うと、素直に僕の後に続く。うーんかわいいやつだ。

 最初の住人がまさかロボットとは思わなかったけど、頼りになりそうだ。


「よろしくなポチ」

『キュイ!』

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