メカマンサー

「久美子、お前だったのか……!!」


 僕は久美子の死体の前で戦慄していた。

 まさか久美子が実在していたとは予想もしていなかった。


 ……ん? おかしくね?

 この降下船、バッチリ封鎖されてたよな?


 そもそもこのポッドは僕が開くまで手つかずだった。パネルに操作した形跡はなかった。ここに「フサフサしたコアラ崖・久美子」という地名を付けたやつは、どうやって久美子のことを知ったんだ?


 ミイラを前にした僕は、この謎に気付いてしまって背筋が寒くなった。

 クソ! ギャグみたいな地名から、マジのホラーが始まったじゃないか!


 僕は頭を振って、思いつき始めた妙な考えを追い出す。

 地図作成者の正体がわからなければ、この謎は解けそうにない。

 考えるだけ無駄だ。


「ともかく、使えそうなものを見つけてさっさと立ち去ろう」


 僕は久美子の死体を探るが、IDの他はとくに何も持っていないようだ。しかし、体の方はすごい。メチャクチャ改造されてるのだ。

 彼女の四肢は一見生身に見えるが、その内部は精巧な機械だ。

 どうやら久美子はサイボーグだったらしい。まてよ、ということは……!


 僕は仰向あおむけになっていた彼女の死体をひっくり返すと、首の後ろ、うなじのあたりを詳しく調べる。僕の予想が正しければ――あった。


「やっぱりか。『書庫ビブリオ』をつけてるな」


 ビブリオとは、人間の皮質の神経情報。平たく言うと人格を記録したものだ。


 これは銀河の中央世界、僕のいた世界よりもさらに発達した世界の人たちが体に埋め込んでいるものだ。このビブリオの記録があれば、たとえ不慮の事故で死んだとしても、新しい体に人格を移して第二の人生を送れる。


 つまり、久美子はカラカラのミイラになったが、肉体を用意して、然るべき処置をすれば蘇生が可能ということだ。


「うーん……いちおー取っておくか」


 カサカサになった彼女の首から、ナイフを使ってビブリオをほじくり出した。

 この2センチの金属片を石ころか何かで叩き割れば、今度こそ彼女は死ぬ。

 そんな事しないけどね。


 体を義肢で改造し、ビブリオまで着けているとなれば、恐らく久美子は上流階級の人間だ。これはきっと何かの役に立つだろう。


「さて、他には、と……」


 僕は降下船の中の物色を続ける。期待したほどの貴重品はなかったが、医薬品と非常用食料が見つかった。もちろん、僕の船にあったトンチキな代物とは違うちゃんとしたものだ。骨折や止血に使えるナノカーボンテープ、麻酔と鎮痛剤、浄水タブレットにマルチ診断キットまである。


 なにこの……何なのこの差。

 上級国民とブラック企業の従業員の扱いの差をまざまざと思い知らされたわ。

 ま、ありがたく頂いておきますけど。

 

 その後も内部を漁るが、残念ながら無線機はなかった。その代わり、停止した小さなロボットを発見した。壊れているのかと思ったが、わずかに暖かくて、小さな駆動音もする。どうやらコイツは休眠状態にあるらしい。


 この機械の召使いは、久美子が使っていたものだろうか?

 ふむ、もっとよく調べてみよう。


 中型犬くらいの大きさをした白いボディの底面には、球形の車輪が星型の配置でついている。マニュピレーターは前部のケースに格納されているので、このロボットの用途まではわからない。

 だが、側面をみると警告の書かれたラベルがある。そこには工業用の高電圧を使用しているので、うかつに近づかないようにと書かれていた。


 なるほど、こいつは工業用ロボットに間違いない。

 久美子は中央世界のロボット技術者、「メカマンサー」だったのだろう。


 この手のロボットは、休眠状態になると自己充電を続けるはずだ。電源が生きてるなら、指示を与えれば動き出すはず。しかし、主人のメカマンサー、久美子は干からびている。どうしたものか……。

 

「ばっちくて、あまりやりたくないけど……仕方がないか」


 僕はミイラのあごを掴むと、そのまま力任せに左右に動かして引きちぎる。まだすじが残っているせいか、思ったより手こずった。

 そして、のどの奥、頚椎けいついの近くに指を差し込み、そこにあるはずのものを探す。

 暗くてよく見えないな……よし、あったぞ!


 僕の指先には、薄汚れた四角いモノが乗っている。服のすそでそれを拭うと、白銀色をしたチップの姿が現れた。


 これはメカマンサーが喉の奥に飲み込んでいるロボットの制御用チップだ。このチップは手術を必要とせず、作業者が飲み込めばすぐに体につけられるようになっている。ブラック企業から出向した先で、何度かコレを使ったことがあるので、やり方は知っている。


 しかし、目の前にあるチップは僕が使っていた物より、ふた回り小型だ。

 何を表しているのかは不明だが、その表面には幾何学文様の装飾まである。このチップ、僕が使っていた物よりも良い物に見えるな。


 降下船の状況から推測するに、このチップも100年くらい前の物だろう。

 それなのに現代より進んでる? いやほんと、何者なの久美子……。


「まあ、後で聞けばいいか。ビブリオがあるなら、死んでるわけじゃないし」


 僕は手の平にあるチップを見る。死体が着けていたものを身につけるのはちょっと抵抗がある。だが、これをしないとロボットは動かない。


 意を決した僕は、目の前のチップを飲み込んだ。

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