墜落者ギルドへようこそ

「ついたゾ」

「ここが、えぇっと……ここがギルド?」

「そうダ、良いところだロ」

「ええ、思った以上に?」


 ギルドは僕が想像していたような場所とは大分様子が違った。

 目が黄色く濁ったジャンキーがうろつき、ハエがたかった新鮮な死体が転がっているような、ドブの底みたいなスラムを想像していたのだが……。


 金色の小麦畑が風で波打ち、白くふんわりした羊たちがのんきにメェと鳴く田園の風景が目の前に広がっている。なぁにここぉ? 天国か何かぁ?


 僕の故郷は、たしかに発展していた。ボタン一つで温かい飯が食べられ、消費しきれないほどの大量の娯楽にあふれている。そんな世界だ。しかしその世界はブラック企業の悪徳と、それに癒着した政治家たちの吐くゲロのような言葉によって出来上がったものだ。


 僕の住んでいた世界は……そんな子供が適当に作った粘土細工よりも歪んで、不細工な社会を憎む人たちが織り成していた。そこに住む人々は、互いに罵り合い、嫉妬し、人らしさ、生の喜びを否定するひねくれた生き方しか知らない。

 目の前の光景は、僕にとってあまりにも輝かしく見えた。


 足元にすり寄ってきたヤギの子供の柔らかい毛に触れる。土と草の混ざったような、決して良いとは言えない臭い。しかし、それは彼らの存在を僕に実感させた。


 目の前に在るのは、動画に切り取られた都合のいい「カワイイ動物」の情報じゃない。臭くて、暖かくて、柔らかい。まさに命そのものだ。


「気に入ったカ? 墜落者ギルドの中じャ、小さい方のコロニーだガ」

「え、墜落者ギルド? ギルドってその……人買いギルドみたいなのじゃ?」

「えっ、何それこわイ」

「僕はついてっきり、遭難者を集めて売り払うギルドに連れて行かれるのかと」

「困ってる人をさらって売るとカ、普通に考えて引くワ」

「うン、やばすぎル」


 僕の発した言葉は、なぜかオークたちに引かれてしまった。

 普通はそう考えると思うのだが。うーん、ちょっと文化が違うようだ。


「と、ともかク、マスターと話そウ」

「うン、きっとそれが良イ」


 ボス(仮)とオークたちの態度が何故かよそよそしい。

 特に変なことを言ってないと思うんだけどなぁ……。


 農場に建っている建物の一つに通されると、そこは冷房が効いていてとても心地の良い場所だった。足元は木のフローリング、腰掛けた椅子は何かの石で作られたスツールで、足の長さが揃ってないのか、ちょっとガタついていた。


「すぐにマスターがくるからナ」

「あっはいこれはどうもご丁寧に」


 僕はオークさんが出してくれたお茶をすする。思った以上に扱いが良い。すぐさま手術台に寝かされて、モツ抜きされるかと思ったのに、なんとも拍子抜けだ。


 しばらくすると、白髪の男性が僕の目の前に現れた。


 品のいい老人と言った風体の彼は、オークたちと同じような格好をしていた。薄黄色のカウボーイハットを被り、裾が埃で白くなったダスターコートを羽織っている。そして、彼の胸には地面に激突するポッドを図案化したバッジがついていた。

 つまり彼が――


「やあ、『墜落者ギルド』へようこそ。私がギルドマスターの『ランド』だ」


 彼はテーブルを挟んで向かいにあった椅子に腰掛けると、この小さな辺境世界と、墜落者ギルドについての話をゆっくりと語り始めた。

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