第一章 イマリとの出会いと初めての依頼 ⑤

「呪い……呪い」


 非日常的な言葉に、思わず僕は目を白黒させる。それと同時に『呪い』という言葉と、今しがた光の中で見た、自分にまとわりつく闇のような影の映像が結びつき、気味の悪さから、肌の露出した腕の部分に、一気に鳥肌が生じた。


「おそらくは絵皿を割った際に、そこに宿っていた付喪神が、春人に呪いをかけたのじゃろう。このままではおぬし、地獄に落ちるぞ。地獄に落ち、成仏することなく、永遠の業火に焼かれ続ける」

「ちょっと待ってよ。付喪神……だよね? どうして人を呪うの?」

「当然じゃろ。付喪神にも、痛みもあれば感情もある。人から不遜な振る舞いを受けようものなら、そりゃー一矢報いるというか、呪いぐらいかけもするであろうて」


 ……そんな。じゃあ僕は、おじいちゃんの絵皿に宿っていた付喪神から、呪いを受けたってこと? 地獄? 永遠の業火? 急にそんなこと言われても……。


「わしなら、解いてやることができるぞ」

「え?」


 鷹揚に顔を上げると、イマリは自慢げに背筋をのばして、そのもふもふの胸を張る。


「昔春人が割った絵皿じゃが、古伊万里だったんじゃないか? 呪いの形式がわしの使うものと一緒じゃからな。おそらくは数百年前……しかも同じ窯で焼かれた物である可能性が極めて高い」


 はっきりと覚えているわけじゃないけど、確かに今日見た洋蔵さんの壷の破片と、色が似ていたような気もする。今思えばあれは、古伊万里だったのかもしれない。


「呪いの形式が同じだから、イマリはそれを解くことができる。そういうことだよね? なら、お願いできる? 呪いを、解いてほしいんだ。なんでも……言うことを聞くから」

「よいぞ」

「本当!? イマリ……ありがとう」


 思わず僕はイマリに抱きつく。するとイマリはばたばたしながらも、「やめるんじゃ! わしは高位の付喪神じゃぞ! 軽々しく神聖な体に触れるでない!」と声を荒らげる。

 腕から逃れると、イマリはテーブルから飛び下りてクッションの上へと移動、器用にも前脚を使い毛づくろいを始める。


「ただし、今のままでは無理じゃ。力が圧倒的に足りぬからの」

「力が足りない? どういうこと?」

「わしの本来の姿は、先ほど春人が見た、あれじゃ」

「それって……あの大きな、狼の姿……」

「なぜ今こんなちんまりとした子供の姿をしているか分かるか? あの姿を保つには、まあまあそれなりの力を消費するからなのじゃ。つまり今現在のわしは、本来の姿を保つのもおっくうなほどに、力が枯渇に近い状態であるということじゃ」


 枯渇に近い? ようは力を使いすぎたってことだよね。どうして……。

 まるで僕の気持ちを読んだかのように、イマリが続ける。


「付喪神が本来の依代から別の依代に移る、それはとても特殊なことじゃ。特殊なことをするには、それ相応の力を使うことになる。高位であり、力の強いわしは、その力の大半を差し出すことにより、なんとか大壷から春人のスマホに乗り換えることができたが、もしもこれが低位の付喪神じゃったならば、そもそも乗り換える力が足りないので、そのまま死んでいたであろうな」


 なるほど。そういうことか。


 ……じゃあ僕は、もう少しで、イマリを殺してしまうところだった……。


 申し訳ないという思いが、心の底から込み上がってくる。

 僕は、イマリを直視できなくて、苦い表情を浮かべつつも、そっと、まるで逃げるように、窓に映る黒い闇夜へと、視線を漂わせる。


「そこで条件じゃ。春人よ、おぬし、わしが力を取り戻すのに、協力してはくれんか? 力を取り戻すことに成功したならば、その暁に呪いを解いてやろう」

「力を取り戻す? もちろん……もちろん協力するよ。……でも、どうやって力を取り戻すの?」

「それはの、『神心』を集めるのじゃ」

「シンシン?」

「神心は、簡単に言えば、付喪神の命の源みたいなものじゃ。本来は、依代に向けられる、人の思いとか感情とか、そういったある種の霊力から神心は形作られて、付喪神は力を増してゆく。じゃがそれではいくら時間があっても足りぬし、そもそもたかがスマホに強い思いを傾ける奇特な輩はこの世にいないので、結局のところ人から神心を集めて力を取り戻すというのは、実質不可能に近い」


 ……うん。このスマホ、長年使っているから愛着はあるけど、強い思いがあるかと聞かれれば……そこまでじゃない。だからといって今すぐに強い思いを傾けろと言われても、本気でそう思えないのだから、多分いくら頑張っても無理だ。


「じゃあ、一体、どうすれば……」

「他の付喪神から、神心をもらうのじゃ。付喪神同士ならば、直接神心の受け渡しが可能じゃからな」


 ただし、と言い、イマリがやれやれといった面持ちで首を左右に振る。


「あくまでも相手が同意して、神心を顕現させて、差し出した時のみじゃ。無理に奪おうとしても、神心を得ることは叶わぬ」

「ということは、一人ひとり付喪神に、頭を下げて頼み込む?」

「わしの経験上、無駄じゃろうな。誰が好き好んで自らの命を削り、見ず知らずの付喪神に差し出す?」


 イマリの問いかけに、僕は実際に自分の命を他の誰かに差し出すところをイメージしてみる。

 ……確かに。たとえ全部じゃないにしても、命を差し出すなんて、よっぽどのことがない限り、絶対にしない……と思う。


「ならばどうすればいいか? 答えは簡単じゃ。神心を多少差し出してでも、解決したい問題を抱えている付喪神を探せばいいのじゃ。そして約束させる。おぬしの問題を解決できたその暁には、神心を一ついただく……と」


 イマリが神心のことを『一つ』と言ったことにより、僕は神心に対する漠然としたイメージから、色と形を伴った、多少抽象的ではあるが、具体的なイメージへと、神心を描き直すことができた。


 おそらくは、夜の湖畔に漂う、蛍の光みたいなものなのだろう。

 星々の瞬きのように儚くて、でも確かに存在する、そんな生命力に満ちた、強くて温かな光。


「……つまり」


 イマリの話をまとめるためにも、なによりも今後の方針をはっきりとさせるためにも、僕は言う。


「僕がしないといけないのは、困っている付喪神を見つけて、助けてあげる」

「そうじゃ。そしてなにより、これは付喪神を見ることができて、声を聞くことのできる――春人、おぬしにしか頼めぬことでもある」


 幸か不幸か僕は、明日から洋蔵さんの店、つまりは古道具屋で、働くことになっている。だったら、なにか問題を抱えた付喪神にめぐり合うのも、そう難しいことではないかもしれない。


「春人は付喪神を助けて神心を集める。わしは元の力を取り戻したら、春人にかけられた呪いを解く。約束をたがえれば、双方にとって不利益が生ずる。であるならば、たとえ嘘と打算にまみれた人間風情であろうとも、不用意に約束を反故にすることもあるまい。約束は、互いに利益と不利益を共有することで、確固たるものになるからのお」

「大丈夫。約束は、絶対に守るから」

「ふむ。では、契約成立じゃ」


 僕とイマリは契約成立の証として、その場で握手をした。ただあまりにもイマリの姿がかわいらしかったものだから、なんだかお手をしているような気分になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る