第8話 勝利へ
お前『ら』。
お前ではなく、『お前ら』。
単純計算して、傷枷のチームの残りは、傷枷と上京しかいないはずだ。
中でも上京は杖を使っている。
だから、戦闘に参加できないのは前提条件として分かっている。
だとしたら――、お前らという言い方はおかしいのではないか。
上京に向けた言葉ならば、『お前』でいい。
『ら』付け加える必要はない。
それは、つまり複数……、戦士が、この戦場に立っている、ということだ。
――傷枷の仲間は、相討ちを狙って倒れている、仲間は。
倒れていない……?
「――やられたッ!」
罪獅子は咄嗟に真上を向くが、もう遅い。
上を向いた瞬間に、罪獅子の首が無防備に開いた。
そこを狙って、一本の縄が罪獅子の首を刈る――
だが、刈り取られることはなかった。
まだ、繋がっている。斬り落とすまでの度胸と技量は、相手にはまだなかったのか。
「ちぃっ」
舌打ちする赤い髪を持つ少女は、縄を持ったまま後ろに退き、そこで踏ん張る。
勝ちを求めるのではなく、現状を維持することを求めた。
この維持は、自分のためだけではなく、仲間のため――勝利のためのものだ。
そして、二撃目がくる。
恐らくは、組み合わせることを前提にした攻めなのだろう。
縄だけで仕留める気はなかったということ。
そもそも、縄だけではどうしても、罪獅子を仕留めることはできない。
それが分かっているだけでも、傷枷の仲間は頭が回る――
罪獅子は、のん気にもそんなことを考えていた。
考えていると――、自分の服から次々と物が盗まれていく感覚があった。
縄で縛られていて、姿勢を固定されているために、目で見ることはできない。
だから、曖昧な、不確定な感覚に頼るしかないのだが――
それでも、確実に分かる。
服に仕込んでいた手榴弾やらナイフやら拳銃やら……、全て、盗まれていた。
小柄な青年は、奪い取った全ての武器を、地面へ一斉に落とす。
まるで、自分はここにいるぞ、と――示すように。
そして――、締め。
最後の一撃。
真上を向いている罪獅子は、確実に気づく。目で見て気づく。
真上から、大木の太い枝から。
小太りの青年が、飛び降りてきた。
腹を下にした、ボディプレス。
避けることができない状態で、全体重を乗せた攻撃が、罪獅子に迫っていた。
避けられない。避けることはできない。
ならば――
避けなければいい。
避けなければいいのではないか。
簡単なことではないか。結局は力だ。
力、力、力。昔から変わらない。策だ戦略だ、と――。
なんだかんだと言ったところで、結局、最強は――
――力だ。
傷枷は勝利を確信した。
普通に考えれば。常識で考えれば。
首を後ろ側に引っ張られた状態で、真上を向いて、直立の状態で――
身動きが取れない状態で。
真上から迫るボディプレスを避けることはできないだろう。
だから――確信した。勝利を。
しかし、ここで、傷枷の全身に悪寒が走る。
不気味な、気配だった。
それが罪獅子から出ていることに、傷枷はすぐに気づく。
……やばい、と、気づく。
「おま――」
傷枷が警告を仲間に伝えるよりも早く、木瀬のボディプレスが、罪獅子を押し潰した――、ように見えた。
しかし、木瀬は罪獅子を押し潰してなど、いない。
罪獅子はボディプレスを喰らう前となにも変わらないように、ただそこに、直立していた。
違いがあるとすれば、罪獅子の、固定された体の中でも自由に動かすことができる部位である腕が、手が、降ってきた木瀬の腹を支えていた――軽そうに。
重さを感じていないのか?
罪獅子本人は、笑っていた。
それは、上京に似た、笑いだった。
傷枷が恐怖を抱く類の、笑みだったのだ――。
「――命火! 天幕! 今すぐ離れろ、ここから逃げろッッ!」
「え?」
「はぁ?」
傷枷の叫び。
しかし恐怖を、状況を分かっていない命火と天幕の二人は、ただその場に呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
そして、二人が恐怖を抱いたのは次の瞬間。
もう、遅いと言えるタイミングだった。
もう少し早ければ――気づくのが早ければ。
また違った結果になったかもしれないのに……。
そんな、今更、考えていても仕方のない考えを――後悔を、傷枷はしていた。
傷枷が後悔をしている間に、木瀬の体が宙を舞う。
彼の体は命火と天幕の元へ向かい、二人を巻き込みながら地面へ落下した。
「死ぬはずはない」
罪獅子の声が、傷枷の耳に届く。
鼓膜が、嫌に、揺さぶられる。
「安心しろよ。殺す気はない。死なせる気もない。ただ完全な、戦闘不能を目指しているだけだからな」
「……そんな表情に。そんな目に、見えないんだけどなあ、先輩」
「お前は別だよ、傷枷。お前は、確実に殺す気で殺る。それくらいで、お前はちょうどいいだろ。これで、いい感じの緊張感だろ? 遊びじゃないことを、お前の脳に、芯に、刻み込んでやる」
会話の終わりと同時、罪獅子が傷枷に向かって駆ける。
煙は――もうない。
それは、傷枷を守る盾は、もう存在していないということだ。
これは、まずい。
これは……厳しい。
――死ぬ。
傷枷の脳内、自分が負けるというイメージしか描けない。
勝つイメージが想像できない……。
勝利はない。敗北しかない。
死しかない。
天国と地獄のような、そんな極と極の存在の中間地点に漂う傷枷は確実に、下へ下へ。
負へ、マイナスへ――引き寄せられている。
どうしようもない状態のまま、傷枷は、それでも動く。
死ぬわけにはいかないから。
ここは、死ぬ気で生きるしかない。
だからまずは、迫っている罪獅子の拳を、身を屈めて避ける。
傷枷の頬は、地面と接触しそうなほど低かった。
空振りした罪獅子の拳を見送ることなく、傷枷は真下から、拳を彼女の顎に叩き込む。
真下から真上へ。
立ち上がるようにして撃ち出した拳。
傷枷の全力は――、しかし容易く止められた。
止められて。捕まれて。
――
「ああああああッ!?」
傷枷の腕に激痛が走る。
そして、
意識が飛びそうなほどの衝撃。
だが傷枷は意地で、根性で、意識は落とさない――絶対に。
まずは逃げるのが先決だ。
罪獅子に反撃するとか、勝利を掴むために攻撃を仕掛けるとか――
そんなことは後回しである。
まずは逃げる。逃げて、逃げて。攻撃など、逃げてから考えることだ。
しかし――。
持っている力を全て出し切るほどの力を込めたつもりだったのだが、傷枷は、自分の腕を掴んでいる罪獅子の手を、振りほどくことができなかった。
どう足掻いても。どうもがいても。振りほどけない。
鎖のようにがっちりと――である。
まるで、拘束具に縛られているような感覚――
いや、それよりも、絶対に抜け出せないような、拷問具に近いか。
振りほどかれずに傷枷の腕を握り続けている罪獅子は、傷枷の腕を掴んだまま――、次々と傷枷に攻撃を加える。
蹴る、殴る、頭突く、さらに捻る、噛む、刺す、叩く、囁く――千切る。
そして、抉る。
精神的に崩壊を起こしそうなほどの苦痛を、傷枷に与える。
罪獅子は、笑いながら。
笑顔で、攻撃を加える。
そして――、傷枷の方は。
……絶望に染まっているわけではない。
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