第9話
「…………」
挑発のつもりではあった。
でもまさか、兵士の落とした拳銃を拾ってわたしに向けてくるなんて。
今まで歯向かおうなんてしなかったくせに……………………っ。
「何のつもり? それでわたしを撃つのですか?」
「離しなさい……。撃つわ、私は」
「ッ! いい加減にしなさいよっ。それほどこの男が大事だって言いたいの?! たかだか数日優しくしてもらっただけの男の方が……!」
「私は……」
目を伏せた。この表情も見たことが無い!
「撃ちなさいクーアさん! わたくしが許可します!」
「お嬢様!? ですがそれではお坊ちゃまが!」
「この程度の試練も乗り越えられないでは我が家の跡取りとして相応しくありませんわ! わたくしの兄ならばクーアさんを信じなさい兄様!!」
「これは、我が妹ながら中々無茶な注文だな。……いや、覚悟はもう出来ているんだけどね。撃つといいクーア。仮に僕に当たったって文句を言うつもりは無いさ」
麗しい兄妹愛のつもり? 反吐が出る、何が兄妹愛! 何が……ッ! クーアだ!!
「名前なんていらないでしょうあなたにッ! ただいつものようになぶり者にされていればいい!! いつまでもわたしだけの……!!」
「…………そう」
――ごめんなさい。
そう聞こえたと思ったら、次の瞬間にはわたしの左目が尋常でない熱を発していた。
「がぁぁぁああああああ!!! い゛だい゛ぃ……!!!!」
熱い、痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!!!!
「好き勝手してくれたね。悪いけど、彼女に止めを刺させるわけにはいかない。――君にとっては不本意かもね」
手放した男は、懐から何かを取り出した。そこまで見えて、わたしは少しずつ……………………。
◇◇◇
すべて終わった。
ケストル様が妹を拳銃で撃って、彼女は死んだ。
肩の力が抜けていく、自分じゃどうしようもなく、銃が手から零れ落ちた。
「クーアさん!? 大丈夫ですか?」
ファティー様が駆け寄って来る。私は何も答えられず、ただ彼女の顔を見つめる事しか出来なかった。不意に体が温かいもので包まれる。
抱きしめられていたと気づくのに遅れてしまった。
「……どうして?」
「いいのです。もう終わりました。でもそれは、貴女の妹君の命を奪った結果。例え貴女自身が何も分からなくても、心に何の傷も負わないはずがありません。涙を流せない貴女の為にこうさせて下さい」
「そう……」
私は目を閉じた。
すると誰かが私の髪を撫でているのに気づいた。
「クーアさん、貴女はよく頑張りましたわ。流石は親友!!」
「親友?」
「そう! もう貴女はこの家の人間でわたくしの友! だから励まして差し上げますの。よく頑張りました!」
「……そう、わかったわ」
上手く言葉が浮かばないけれど、哀しいのか嬉しいのか分からないけれど、きっとこの感情は『ありがとう』だと思う。
「クーア、君はもう休んでいいのさ」
ケストル様の言葉が胸の奥に響いた、そんな気がした。
あれから数日経った。
私の住んでいた国は嵐が消え去り調査が再開した。
王家の人間が殺し合いの末に死亡、一部貴族も同じく。国民はみんな混乱しているらしい。
私には良く分からないけど、大変な事なのだろう。
ケストル様の部屋に呼び出された。
「やあクーア。今となってはもう形式のものでしかないけど、その後の目の状態は問題無いかな?」
「ええ、今もあなたの顔が良く見えるわ」
「ふふ、そうかそうか。……君はどうする? このままこの屋敷に住んでもいいし、何処かへ旅に出ても止めるつもりは無いさ」
「わからないわ。……でも、ここの暮らしは知らない事ばかりだから。この間は私の為にパーティーを開いてくれた、マナーを知らないからキチンと楽しめたかわからないけど」
「うん、それで?」
「覚える事が多くて、でも覚える事はきっと嫌いじゃない。そう思えるようになったわ。だから……」
「ここを出て行っていいのかわからない、かな? だったら、ここに居ればいい。君が何処かに行きたいなら、僕が好きなだけ連れってってあげるさ。だから……」
ケストル様は近づいてきて私の手を取り、そして、私の目をのぞき込んで来た。
「君に幸せを教えたい。これから先もずっと、君の傍で」
「? ……どういう事?」
「うぅん……これは強敵だなぁ。ま、ともかくさ。この間の君の気高さが堪らなくてね、いつまでも君を好きでいたくなったのさ」
「そう。よくわからないけど、わかったわ」
「はは、ははははは! これは大変だな、僕も。じゃあよろしく頼むよクーア」
私の手を一旦放したケストル様が、また手を差し出してきた。
このやり取りは知っている。この屋敷に来てから知った事。
「こちらこそ、よろしく」
握手。親しくなる為の始まりの合図。
ストレス発散用サンドバッグ令嬢は死亡認定後に溺愛されました ~残った者どもの矛先は誰に向かうのか?~ こまの ととと @nanashio
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。