The Eighth act

 今日も体力トレーニングの日だ。僕達はランニングを選んだ。


 「えーと、どれどれ……ゲ、10分走って5分休憩、を何回か繰り返すのか……キッツ……」


 ロードがメニューを見て嘆く。ちなみにレイミアは違うブロックらしく、ここにはいない。


 「大丈夫! 私達ならやれるよ!」


 いや、クレシアはいいと思うけど、少なくとも僕は運動苦手なんだよ……

 でも、これを乗り越えられないと月末の特訓を乗り越えることはできないはず。何がなんでもやってやる!


 「よし、やるぞ!」

 「「おお!!」」


 僕達3人が気合を入れる。それをエン教官が微笑ましそうに見ていた。




 「はっ、はっ、はっ、すうっ」


 持久走において重要なのは呼吸。メニュー欄の裏に呼吸のコツが書いてあったので、それを活用する。

 メニューによると、3回吐いて肺の気圧差を利用して息を吸うのが良いらしい。確かに、そうすれば効率よく酸素が取り込めるような気がした。

 でも、それにもやっぱり慣れが必要らしい。すぐに呼吸のリズムが崩れそうになり、それを慌てて修正する。




 「……はあ、はあ……ばたり」


 10分後、僕は擬音語を声に出しながら倒れた。そうでもしないと本当に気を失ってしまいそうだ。


 「5分後……またこれがあるのか……」

 「死ぬ……」


 クレシアも流石にきつそうだ。

 『戦士』はこんなのも簡単にやってのけるんだろうなぁ。


 「よいせっと。……ふはー、やっぱり水は美味しいなぁ」


 ロードが起き上がって水を飲む。それを見て僕達も慌てて水を飲んだ。

 水の力はすごい。ただの水分のはずなのに、身体に元気を分け与えてくれる。


 「……さて! 充分休めたし、行こっか」


 クレシアが立ち上がる。


 「え〜、もうちょっと休もうよ〜」

 「何言ってんの。もう5分経つよ」


 僕はクレシアに腕を引っ張られ、バランスを崩しかけながらも立ち上がった。


 「……はー。俺もやるか」


 ロードも重い腰を持ち上げた。


 「じゃあ、私の掛け声で行くよ、3、2、1、ゴー!!」


 僕らはまた走り出した。




 「今日も……生還したぞ……」


 僕とロードは更衣室からふらふらになりながら出た。

 足が前に出ない。これ、自分にとって良いのか悪いのかわからなくなってきた……


 「お疲れ様。飲み物、飲む?」

 「ああ、レイミア、ありがとう」


 レイミアからボトルを受け取り、一気に飲む。スポーツドリンクの甘味が僕ら3人を癒した。スポーツドリンクもすごいな。疲労が少し緩和された気がする。


 「レイミアもトレーニングしてるの?」

 「うん」

 「それなのに全然疲れてるように見えないけど……」


 すると、レイミアは珍しく得意げに笑って、


 「私は体力には自信がある。運動は得意」


 と言った。


 「へ〜、良いなぁ」

 「いや……運動が得意、だけでこんな訓練乗り越えられる?」


 僕の関心をクレシアがジト目で見る。


 「いつかみんなにもできるようになる。食堂に行こう」

 「「「待ってよ〜」」」


 軽い足取りでエレベーターに向かうレイミアを僕達は重い足取りで追いかけた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「ふぅ……」


 食堂でご飯を食べた後、私は今日も大浴場に来ていた。熱が身体中に染み込み、疲れた体を癒す。


 「隣、いい?」

 「え? いいけど……」


 いきなりレイミアの声が聞こえてきたので、少し困惑しながらも了承する。レイミアは「よいしょ」と言いながら私の隣に座った。



 しばらくの沈黙の後、レイミアが口を開いた。


 「……私があなた達と仲良くなろう、って思った理由、知ってる?」

 「いや…わかんない」

 「それは、あなた達が特別だから」

 「特別?」

 「うん」


 レイミアが頷く。

 特別なもの……ユクスは親が『戦士』だし、ロードはなんというか……特別と言えば特別だね。

 でも、私は……


 「私は特別なんかじゃないよ」

 「いや、特別」


 レイミアは今度は首を振ると、私に顔を寄せて目を覗き込んだ。思わず仰け反ってしまう。


 「今はいい、でもいつかあなたにもわかる。あなたは特別」


 レイミアはそう言うと、顔を離した。元の場所に座り、足を組む。


 「そういえば、最近の勉強はどう?」

 「えっ、えっと、順調、だよ」


 いきなり話が変わってびっくりしながらもなんとか答える。


 「そう、良かった」


 何が良かったのかはわからないけど……レイミアってなんだか……


 「お母さんみたい……」


 彼女は目を少し見開くと、


 「よく、言われる……」


 と照れくさそうに言った。


 「だって、レイミアはどんな時にも落ち着いていて、なんだか見守ってくれてる感じがする。頼りになる、って感じなのかな?」


 レイミアは恥ずかしさで言葉が出なくなっている。顔も赤い。


 「じゃ、じゃあ……困ったら、なんでも、言って……勉強でも、特訓でも、なんでも……私が、助けて、あげるから……ユ……」


 と途切れ途切れで言うと、頭を私に預けてきた……って、


 「わぁ、のぼせてる!!」


 えっと、どうする!? どうする!?

 とりあえず助けを呼ぼう!

 後にレイミアは駆けつけた『戦士』に救助されることになった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 僕達は医務室にやってきた。

 レイミアが大浴場で倒れたということで救助されたらしく、急いで来たのだ。

 医務室には先にクレシアが来ていた。


 「レイミア!?」


 僕がまだ目を閉じている少女の名前を呼ぶ。すると、レイミアは目を開けて、


 「え……? どうして、ここに……」


 とか細い声で言った。


 「君が倒れたっていう話を聞いて来たんだよ。大丈夫だった!?」


 と僕が言うと、レイミアは瞬きして僕を見た。


 「ユクス、来てくれたの、ありがとう。そして……ごめん」

 「謝る必要はないよ。無事だった、というだけで十分だ」

 「………」


 レイミアはため息を一つついた。


 「明日には復帰できると思うから、無理しないでね」


 医務室にいる『戦士』が僕達に伝える。それを聞きながら僕はまだレイミアを見ていた。


 「そういえば、レイミアが気を失う直前、誰か人の名前を呼んでるように聞こえたんだけど、あれって誰?」


 気を取り直したかのようにクレシアがレイミアに尋ねる。


 「え? そんなことあったっけ」

 「あったよ、ユ、なんとかって。それ、ユクスのこと?」


 レイミアは少し考えると、思い出したのか、


 「あ、それは、気にしないで……」

 「えー、教えてよー」

 「いいから……」


 クレシアとレイミアのやり取りで僕達の空気が少し緩くなった気がする。僕とロードは少し微笑んで2人を見守っていた。





 そして、一ヶ月後、


 「前言った通り、今日は体力訓練の締めとなる、特別訓練を行う!!」


 エン教官が声高く宣言する。僕を含めたみんなが息を呑んだのがわかる。

 今日、今までやってきたことを試される日だ。気を引き締めていかないと……


 「この訓練を乗り越えられない者はこの先の訓練をこなすことはできない! 覚悟をして臨むように!」

 「「「「はい!!!!!」」」」


 これによって、『戦士バトラー』になるための、第一の関門がやって来たんだ。





 「今回の特別訓練の内容はこうだ」


 エン教官がそう言うと、お手伝いさんが何やら紙を広げた。そこには、何か建造物のようなものの概要が描かれていた。


 「訓練生専用のコースを作った。お前達にはそこを完走してもらう」


 エン教官の説明は続く。


 「まず、1番初めに障害物コース。様々な課題をクリアして進んでもらう。次に、重力コース。いつもの3倍の重力が働いているところで坂を登るコースだ。最後に、持久走コース。1500メートルの長さのコースを走り切る。その3つだ」


 なんだって!? いろんな障壁を乗り越えた後に、1500メートル!? いけるのかな……


 「……このようなコースになっているが、百聞は一見にしかずだ。ついてこい」


 僕達はさらに下の階へと向かった。




 「これがそのコースだ」


 エン教官が示した先は、僕達の想像を絶するものだった。

 大きい、大きすぎる。特に障害物コース。いろんな機材が用意されていて、それらを全てこなさないと次には進めない。ここでかなり体力を使うだろう。その先の重力コース。そのまま登るだけでもキツそうなのに、さらに重力が強いときた。ここでリタイアする人もいるかもしれない。持久走コースはもう見えないところにあった。


 「一度に10人ずつ行ってもらう。30分以内にクリアできなかった、またはリタイアした時点で『戦士バトラー』の訓練は強制的に終了となり、記憶処理を受けてもらう。質問はあるか?」


 手を上げる人はいなかった。


 「よろしい。では最初の10人は?」


 体力に自信のありそうな10人がまず前に出た。その中になんとドレウも含まれていた。


 「いいだろう。では、位置について」


 お手伝いさんの誘導で10人が位置に着く。


 「用意、始め!!」


 10人が同時に走り始める。

 まずはパルクールゾーン。柵、塀を飛び越え、今度は低い建物に登り、高いところから壁を蹴って安全に着地する。

 斜めになっているところを飛んで渡り、梯子を登ってコンテナの上まできた後、コンテナとコンテナを飛び移る。

 その後、ドレウ達の姿は見えなくなった。

 ここから先は実際に行ってみないとわからない、ってことか……じゃあ、先に行ったほうがいいのかな?

 ……よし、行こう。


 「さあ、次の10人は?」


 お手伝いさんがマルのサインを出したのを見て、エン教官が言った。

 僕が手を挙げた。それに合わせて数人かが手を挙げる。そこにはクレシアとロードも含まれていた。


 「よし、じゃあ位置につけ」


 僕達がスタート位置に並んだところで……


 「教官、私はやっぱり後でいいですか」


 と、訓練生の1人がロードを見たと思うといきなりそう言った。


 「ん? どうしてだ?」

 「え、っと……ちょっと、やっぱり自信が……」


 嘘だな、と僕は思った。おそらくロードが一緒にいるから嫌なことが起こる、と思ったからだろう。


 「まあ、どうしても、と言うのならいいだろう。始まる前で良かったな」


 「ありがとうございます」


 と、そそくさと戻っていってしまった。それを見て、


 「じゃあ、俺も、お腹が痛くなって……」

 「わ、私も……」


 と、次々と戻っていき、結局僕達3人のみになってしまった。


 「お前達、どうしたんだ? 他にはいないのか?」


 誰も手を挙げなかった。


 「酷いよね、ロード君がいるからってさ」


 クレシアが小声で怒っているのがわかる。


 「いいんだ。俺もこんなことは慣れているし、逆に君たちに申し訳ないよ」

 「でも……」

 「さあ、もうそろそろ始まるよ。そっちに集中しよう」


 ロードの一声でクレシアが我に帰ったように息を吸った。


 「まあいい。時間も惜しいから3人でやるとするか。では、位置について」


 僕達がスタート場所に行く。


 「用意、始め!」


 僕、クレシア、ロードは一斉に走り出した。

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