The Nineth act
パルクールゾーンに入る。塀、柵を飛び越え乗り越え、進んでいく。ここでタイムロスをする訳にはいかない。手早く行こう。
コンテナを飛び移り、降りたところからが未知の場所だ。ここからは初見でも対応できる『戦士』の気質も試される。気を入れていこう。
走っていると、そこには壁があった。左右を見ても、道はなさそうだ。
これは……上か!
「ふっ!」
壁を思い切り蹴って反対側へ飛び上がる……
一回じゃ足りない!
ならば、もう一度!
反対側の壁を蹴ってさらに反対側へ飛び上がり、もう一度壁を蹴ってようやく上へ辿り着いた。
ふう、やっぱり一筋縄では行かないみたいだ。流石は『
まだ時間には余裕がある。一旦立ち止まって周りを確認してみる。
……そこか。いくつか柱のようなものが地面から伸びていて、それが足場になっていた。
柱から柱へと飛び移り、さらに進んでいく。小さい頃からバランス力は良かったから、ここは簡単だ!
反対岸へついた僕が見上げたのは、ロッククライミングの壁だった。
ここから先はアスレチックゾーン、と言うべきかな。
命綱は……え、無いの!? これってかなり危険なのでは……
いや、確かにこれも納得できる。ここで怖気付いては『
グリップの一つに手をかけ、足をかける。その後手を伸ばしてさらに上のグリップを掴み、少しずつ登っていく。
さらに上へ上へ………
「あっ!?」
いきなり僕が掴んでいたグリップの一つが壁から外れる。もう片方の手で全力でグリップを握り、なんとか耐える。
死ぬかと思った……
「くっ……」
他のグリップを掴んでなんとか体勢を立て直す。
気を取り直してまた登っていく。
「ふう、ついた……」
見てみると、結構高い。クレシアはもう先に行ってしまったから、これを楽々と登ったのかな……やっぱりクレシアには勝てないや。
「次はどこに向かえば……」
向こうには、何やら通路のようなものがある。どうやっていくんだろう。
下を見てみると、トランポリンがあった。おそらくこれを使って向こうに行くんだな。
「よっ、と!」
かつてヴァイスさんが教育場から飛び降りたように降りる。そのまま着地……せず、そのままトランポリンによって跳ね、向こう側へ着地した。
さて、急ごう。
体力を無駄に使わないように早歩きで行く。そこには……
「えっ……」
そこには。天井から吊るされた紐にリングが取り付けられているだけだった。高さはかなりあるようだ。床がとても遠いところにある。
やっぱり怖い……一歩踏み出そうとしても足が戻ってしまう。
どうすれば……!
「ようやく追いついたよ、ユクス」
「ロード?」
振り向くと、汗をたくさんかいているロードがいた。
「うわ、ここ、高いね。落ちたらひとたまりもないな」
「うん……」
そこでロードはふふ、と笑って、
「こういうのは大体死なないようになってる。だって、こんな訓練で不要な死人を出す訳にもいかないからね。だから気を楽にすればいい。さあ、行こう、ユクス」
「……うん」
僕は覚悟を決めた。リングに手をかけ、足場から足を離す。手を伸ばして、次のリングへ。
「楽しいね、ユクス!」
「そんな余裕!?」
と言いながらも、次へ、次へと進んでいく。いつのまにか僕達は対岸へ辿り着いた。
「次行こう!」
「うん!」
僕達は角を曲がった……
「これは……」
おそらくここが障害物コース最後の場所だろう。ジャングルジム、それも超巨大なジャングルジムが僕達の行手を阻んでいた。
ん? あれは……
「クレシア?」
ジャングルジムの中で悪戦苦闘しているらしいクレシアに声をかける。クレシアは振り向いて、
「ユクス! ロード君! このジャングルジム、通れないところがある! 気をつけて!」
と僕らに向かって叫んだ。
「通れないところ……?」
そんなものがあるとは思えないけど……
「おそらく行き止まりがあるんだろうね。でも、ここで立ち止まってちゃいられない。行こう」
「そうだね」
僕達は巨大ジャングルジムに挑んだ。
「こっち行き止まりだ!」
「こっちも!」
僕達は絶賛迷っていた。ジャングルジム自体が広い上、行き止まりの位置がわからないからルートを把握しづらい。これはもう立体迷路よりもタチが悪い。このままだと時間のみがかかる……
「あ、わかったぞ」
「ロード?」
ロードの方を見ると、これまた余裕な表情をしていた。
「これ、少し考えればすぐにわかるよ。じゃあ着いてきて」
僕はロードに着いて行った……
僕達はすぐにゴールに辿り着いた。そこにはクレシアも一緒にいる。
「どうしてわかったの?」
クレシアがロードに尋ねる。
「簡単だ。あのジャングルジム、自分が通ったところ以外では一箇所しか空いていない。迷路、と言ってるけど本当は一方通行さ。ってことに気づいたんだよね」
おお、そんなことが……
「流石はロード君! 頼りになるよね!」
「い、いや、それほどでも……」
ロードが頭を掻いて目を逸らした。意外とロードも照れやすいところがあるのかも。
「とにかく、次に進もう」
おそらく10分は経っている。もうそろそろのんびりできなくなってきた。
「オッケー!」
「行けるよ」
「よし、次は重力ゾーンだ!」
下にクッションがあったので、飛び降りる。看板があったので、それに従って次の部屋に進むと……
「!?」
いきなり空気が僕を押し潰すような感覚がして、肘をつきかけた。
「くっ……」
「ううっ……!」
クレシアもロードも重さに耐えている。
「このまま……先に進まないといけないのか……」
「く、空気が薄いよ……」
そう。重力が3倍になる、というのは僕達だけのことではない。もちろん空気も例外ではなく、下へと押し付けられている。
「行くしか……ない!」
僕達は一歩を踏み出した。
しばらく進むと、件の坂が現れた。
「この状態で坂を登るなんて無理だろ!?」
「いや、なんとか登るぞ!」
もうそろそろ重力にも慣れてきた。少しペースを上げて登る。
しばらく登ると、
「ぅ……苦しい……息が……もう、ダメ……」
「クレシア!?」
クレシアはふら、とバランスを崩すと、倒れてしまった。
クレシアの近くでしゃがんで状態を見る。
良かった。なんとか意識は保ってる。
「大丈夫、クレシア!?」
「う、うん、ごめん……」
クレシアが起きあがろうとしても、酸欠と重力で力が入らないみたいだ。
「一旦落ち着いて。少し休もう」
本当は時間がないけど……まだ1500メートル走が控えている。ここで体力を使い切ってしまうと尚更まずい。
「ちょっと待って。なんか、立っている時より、しゃがんでるほうが楽じゃないか?」
考えてみると……本当だ。クレシアのことでいっぱいだったから気づかなかったけど、重力が弱く感じる。
その間に、クレシアもなんとか起き上がることはできたようだ。
「クレシア、行けるかい?」
「うん、ありがとう。もう大丈夫だから急ごう。コツも掴んだし、スピードも出るはず」
僕達は頷いて、なるべく姿勢を低くしながら坂を登っていった。
「よし、着いた、ぞ……」
僕達はすでに疲労困憊だった。ここから1500メートルがある……たしか、残り時間は……
「あと、8分……」
もう、時間がない。ここまで来ておいて時間切れで終わりなんて……
「諦める訳にはいかない。なんのために俺達はめげずに頑張ってきた? どうして俺達はここまで来ることが出来たんだ?」
僕とクレシアははっとした。
「さあ、行くぞ。ここを切り抜ければ次の道が見えてくる」
ロードは1500メートル走コースに足を踏み入れた。僕とクレシアは頷き合ってロードに続いた。
ああ、身体が軽い! けど、それは疲労を癒してくれるわけではなかった。
「……行くぞ!」
「「おお!」」
これが最後の試練だ。絶対にクリアしてやる!
「あと7分。ペース配分を考えよう」
とは言ったものの、重力は弱まったのに足は重かった。なかなか足を前に進められない。
「はあ……はあ……うわっ!」
まずい、足がもつれて転んだ!
「大丈夫、ユクス!」
クレシアが僕の方へ戻ってくる。
「戻っちゃダメだ! 君達は先に行って!」
「でも……」
「僕は大丈夫だから! きっと間に合って見せる! だから止まらないで前に進んで!」
「……っ」
クレシアは前を向いてまた走り始めた。
僕もなんとか立ち上がり、走り始める。
……でもダメだ。全然速さが出ない。こんなの、歩くのと大差がない気がする。おそらくまだあと650メートルはある。残り時間は……3分ちょっと。絶望的な時間だ。
何度も立ち止まりそうになるけど足を前に出す。
今まで……こんなにやってきたのに……! 無駄にしたくないのに……!
『では、俺が手助けしてやる』
この声は……父さん?
『私もいるわ』
これは……母さん!?
すると、いきなり自分の背中が押される感覚があった。のと同時に、なぜか力が体の底から湧いてくる。
……これなら、行ける!
僕はどこからか湧いてくる力に全てを委ねて速度を上げた。いつこの力が枯渇するかわからない。もしそうなったら、しばらく動けなくなるかもしれない。
でも、父さんと母さんがついてくれている。それを無駄には、しない!
600メートル、550メートル、500メートル、450メートル……
まだ先は長そうだけど、何故か僕は間に合う、という自信があった。残り2分。体力とは違う何かが僕を後押しする。
残り200メートルのところまで来た。残り1分弱。
『ここからなら1人でも行けるだろう』
『今度こそお別れね』
うん……ありがとう、父さん、母さん。あとは自分でやり切って見せるよ。
『よし、じゃあ……行ってこい!』
最後に強く背中を押される。
「う……うおおお!!!」
あとはもう全力で走り切るだけ! 雄叫びを上げて前へ進む。
「ユクスーーっ!!」
クレシアが僕のことを呼んでいる。もうすぐゴールだ!
僕はそのまま残りの100メートルを走り切った。
「29分56秒。ギリギリだったな、だが、よくやった」
お手伝いさんが何か言ってる。けど、僕には聞き取れなかった。そのまま床に倒れ込む。
「「ユクス!!」」
ロードとクレシアが走り寄ってくる。
「ユクス、よくやった!」
「ユクスぅ……良かったよぉ……」
ロードは僕に親指を立て、クレシアは泣き出してしまった。
「はは……なんだかこれ、死んだと思われてた人が生きてた時の状況じゃない……?」
意識が遠くなりかけながらも軽口を叩く。
「はー、それにしても、疲れた……」
仰向けに転がって両手両足を投げ出す。
父さん、母さん、これからは1人で、時にみんなと協力して困難を乗り越えるよ。見ていてね。
これによって残ったBブロックの訓練生は半分にまで減った。でも、これはまだ第一の関門だ。これから先も試練はたくさん待ち受けているに違いない。
それでも、僕は必ず『戦士』になる。これ以上被害を出さないために。これ以上、僕達と同じ思いをする人がいなくなるように……
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