The Tenth act

 それからというもの、食堂に行くまでの記憶がない。多分ずっとぼーっとしてたんだと思う。


 「ユクス、ちょっと、ユクス!?」

 「あたたたた」


 クレシアに肩を叩かれて我に帰った。


 「ほら、食堂に着いたよ」

 「あー、ああ、そうだね……」

 「まったく、さっきので疲れたとはいえ、ぼーっとしすぎだよ? さっきも『戦士』にぶつかりかけて謝るハメになったんだから」

 「ごめん……」


 すると、クレシアはふん、と息を吐いて、


 「今謝ってもしょうがないでしょ。早く夕飯食べるよ」


 と言うと、食堂に入っていった。


 「僕、そんなに放心気味だった?」


 とロードとレイミアに尋ねてみると、2人揃って頷いた。

 今度は気をつけなきゃな……と思いながら僕も食堂の扉を開けた。


 「じゃあ、みんなその訓練をクリアした、ってことでいい?」

 「もちろん。でなきゃ僕らはここにはいないよ」


 親子丼をかき込みながら答える。卵と鶏肉、タレの絡み合いが素晴らしい。


 「そう。これで晴れて4人のチームで『戦士』になれる」

 「え? まだ決まったわけじゃ……」


 ロードの疑問にレイミアは箸を置いて、


 「教官のお手伝いさんに教えてもらった。『この訓練を完遂することができればほぼ『戦士バトラー』になれたも同然だ』って」


 と答えた。


 「ふーん、ってそれ、そのことを教えるのはマズいのでは……」


 そのお手伝いさん、口軽くない?


 「ともかくこれで一段落、一安心。でも、気を緩めちゃダメ。まだ訓練自体は終わってないから」


 真剣な顔でレイミアが僕達に言う。


 「……なんだか、お母さんみたいだ」


 僕がしみじみとそう言うと、レイミアは顔を赤くして、


 「それ、クレシアにも言われた……」


 と、目を逸らしてしまった。クレシアの方を見ると、これまた気まずそうにしている。僕達を少しの沈黙が包んだ……


 「とりあえず、俺達は一つの障害を乗り越えた。それならこれからも上手くやっていけるんじゃないかな」

 「うん、その通り。僕らは日々成長しているからね」


 僕達は「チームで」一つ。これからの訓練も頑張ろう!





 全員が食べ終わったので、部屋に帰ることにした。


 「俺達はいつから『戦士バトラー』として戦えるんだろうな」

 「ん?」


 帰り道、ロードがそんなことを呟いた。いきなりだったので、僕はほぼ反射的に聞き返してしまった。


 「ああ、あれだ。いつ正式な『戦士バトラー』として指令を受けることができるのかな、って」

 「んー、わからない。そういえば教えてくれなかったね」


 レイミアなら知ってるかな。後で訊いてみよう。


 「どうして今、そんなことを?」

 「はは、ちょっと気になってね。じゃあ、俺はこっちだから、じゃあな」

 「うん」

 「あ、じゃあね、ロード君」

 「ああ」


 ロードは角を曲がっていった。

 うーん、気になるなぁ。僕はロードを見送りながらそんなことを考えていた。


 「さ、私達も早く帰ろう。今日はしっかりと休まなきゃね」

 「その方がいい」

 「うん、そうだね」


 僕達も部屋に戻るのだった。





 それから数日間の体力訓練のおかげで激しい運動も続けてできるようになった。今日の昼食前のトレーニングもいつもよりも多くできたと思う。


 「ふう、良い汗かいたな」

 「お腹すいたね。昼ご飯にしようか」

 「私も賛成」

 「じゃあ、行こう!」


 手早く着替えて昼食を摂る。

 そういえば、レイミアによると「人にもよるけど、『戦士バトラー』には大体2年でなれるんだって」ということだった。


 「今日、ちょっと外に出てみない?」


 クレシアがみんなに尋ねる。


 「うーん、そうだね。腹ごなしにもなるし」


 というわけで、みんなで裏庭に出てみることにした。





 裏庭は結構広かった。運良く今日は晴れで、『戦士バトラー』や訓練生が散歩をしたり、スポーツをしたりしている。ん? そこには……


 「ヴァイスさん!?」


 僕が名前を呼ぶと、ヴァイスさんとその仲間らしい人は振り向いた。白髪の青年は僕のことを見ると、満面の笑みでこっちに走ってきた。


 「ユクス君! 元気にしてたかい?」

 「はい。おかげさまで」

 「それはよかった。で、今君がここにいられるってことは、あの試練を突破した、ってこと?」


 あの試練、と言うのはおそらくあの特別訓練のことだろうね。僕は頷くと、ヴァイスさんは目を見開いて、


 「よくやったもんだよ。僕もアレをやったんだけど死にかけた……大変だったよね?」

 「本当に辛かったです。でも、これを乗り越えられたので、これからも上手くやっていけると思います!」


 ヴァイスさんは頷いて、


 「僕がいないうちに頼もしくなったねぇ。じゃあ、これからも頑張ってくれよ。それじゃ」


 と言うと、また仲間達の方に歩いて行った。


 「今の、誰?」


 レイミアが僕の顔を覗き込んで尋ねてくる。ああ、そういえば会ったことなかったっけ。


 「彼はヴァイス・シーカーさんで、僕達を助けてくれた人だ」


 僕がそう紹介すると、ロードはほほう、と納得したような声を出して、


 「なるほど。それで君達は『戦士バトラー』を目指すようになった……と」

 「あ、うん、そうだね」


 そういえば話してなかったな。でも、もうすでにロードの秘密は知っちゃったから、こっちも隠す必要はないね。また聞かれたら答えるようにしよう。


 「もっと彼のことについて教えて」


 とレイミアに言われたところで、そういえばヴァイスさんのことについて全然知らないな、ということを思い出した。


 「えーっと、ヴァイスさんは頼りになる人だよ。わからないことを教えてくれたり、『戦士バトラー』の訓練生になる前にも色々『戦士バトラー』について話してくれた」

 「……ふうん、いい人なの」

  「そうだね」


 レイミアは納得したように前を向き直した。気づけば僕達は裏庭を一周していた。


 「……さて、もうそろそろ訓練の準備をしよう。遅れないようにな」

 「うん。時間的にもちょうどいいね」


 というわけで、僕達は建物の中に戻った。



 

 

 「本日から、『護身』という分野で訓練を行う!」


 訓練生達が一瞬ざわめく。


 「静かに。今回、中型『エネミー』との近接戦闘を想定し、訓練を行ってもらう。今日、近接戦闘についての講義があっただろう」


 なるほどね。今日の『戦士バトラー』の講義はこのためだったんだ。

 エン教官の話は続く。


 「では、只今よりバーチャルバトルルームへと向かう」


 バーチャルバトルルーム……場所は知っているけど、行ったことも使ったこともない。一体、どういう部屋なんだろう……





 自動ドアが開き、僕達は部屋の中に入る。

 一見、なんの変哲もない部屋だった。


 「何もないように見えますが……」


 訓練生の1人がみんなの心中を代弁する。


 「まあ見ていろ。お前達が今から戦ってもらうのは、コイツだ」


 とエン教官がボタンを押すと、いきなり部屋の真ん中に何かが現れた。それは半透明でありながらも、動き、呼吸していた。

訓練生みんながどよめく。


 「あれは……」

 「そう、アレは仮想の『エネミー』だ。『エネミー』の生態を分析、解析し、本物同様に動く」


 なるほど。だからバーチャルバトルルーム仮想戦闘の部屋なのか。すごい。


 「では、1人ずつ位置へつけ」


 一旦その仮想『エネミー』を消してからエン教官が言う。それを聞いて、全員がそれぞれぶつからない位置へ移動した。




 しばらくすると、準備ができたのかエン教官がよし、と合図をした。それを聞いて、僕達が身構える。


 「まずは慣れだ。弱い『エネミー』に合わせて出現させる。では、開始!」


 エン教官がボタンを押すと、僕達の目の前に中型の『エネミー』が現れた。


 「ヴァアッ!!」


 『エネミー』が突っ込んでくる。僕はそれを両手で掴み、身体を急接近させる。

 確か講義では「なるべく密着し、低い姿勢で迎え撃つことで相手は動きを制限される」とのことだった。

 なるべく密着、なるべく低く!


 「……ハッ!!」


 そのまま『エネミー』の身体を持ち上げて、投げ飛ばした。


 「グゥゥ……」


 床にドサリと墜落した『エネミー』はノイズと共に消えた。

 ふう、と一息つきながら、僕は『戦士バトラー』の技術力に驚いていた。

 仮想のはずなのに、触っている感覚があって、重さも感じる。こんなの、どうやって考案して、どうやって開発しているんだろう。

 周りを見渡してみると、みんなも『エネミー』を倒したみたいだ。


 「ふむ、この程度なら楽勝のようだ。ならば少し強さを上げよう。……これならどうだ? では、始め!」


 またエン教官がボタンを押す。すると、さっきの『エネミー』より一回り大きい『エネミー』が出てきた。またさっきのように投げ飛ばそうとしたんだけど……


 「なっ!?」


 僕が『エネミー』の両腕を掴んだ瞬間、『エネミー』は僕の手を振り払い、距離を取った。

 なるほど、一筋縄では行かない、ってことね。それなら!


 「ふっ!!」


 思い切り踏み込み、『エネミー』に急接近する。『エネミー』が反応する前に、足を僕の足で引っ掛け、掬い上げると同時に『エネミー』の肩と腕を掴んでそのまま引き倒した。

 そのまましばらく床に押さえつけていると、『エネミー』は消えた。


 「ふー、ちょっと疲れたな。他の人はどうやって……って、ええ!?」


 僕は信じられないものを見た。

 クレシアはと言うと、『エネミー』相手にレスリング技を極めていて、ドレウは片手で『エネミー』の首を締め上げていた。

 え!? みんな戦闘慣れしすぎてない!? みんな怖く見えてきたよ!? 多分さっきの『エネミー』も片手で楽々投げ飛ばしてたんだろうなぁ……


 「よし、以後これを用いて訓練すること。私から言うことは以上だ。では各自訓練すること!」

 「「「はい!!」」」


 というわけで、僕達は仮想の『エネミー』相手にみっちり訓練した。





 「いやー、疲れたな」


 更衣室に戻る道中、僕はロード達と話していた。


 「それにしても、素晴らしい技術だよね。どうやってるのかは分からないけど、実際に触ってる感覚がある」

 「わかるわかる! 最初はびっくりしたもん。でも、楽しかったよね、最初だったからあんまり上手くいかなかったけど」


 仮想とはいえ『エネミー』に初日からあんな事をしている人が何を言っているんだ……という言葉を飲み込んで代わりにため息をついた。やっぱりこういう面ではクレシアには敵わないや。


 「今日は特にお腹が空いたよ。早くご飯食べよう?」

 「毎日それ言ってない……? まあ、僕もお腹空いたから食べたいけども」

 「ふふ、今日の晩ご飯が楽しみだね」


 と言いながら、僕達は訓練場を出るのだった。





 それからというもの、しばらくは体力、筋力トレーニング、対中型『エネミー』訓練が続いた……

 そして、さらに1ヶ月後、『戦士バトラー』教習所にて。

 今日は珍しくいつもの先生ではなく、エン教官が登壇した。みんなが少しざわめく。


 「静粛に。今日は、お前達が『戦士バトラー』になるに当たって重要な日となる」


 重要な日……なんだろう。

 エン教官が改めて口を開く。


 「お前達に、魔法を使ってもらう」

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