The Fifth act

 「えっと、君は?」

 「ああ、オレ? オレはドレウ•ラムド。まあそうだな……アイツのことをよく知ってるやつ、と思ってくれればいいさ」


 ドレウがロードの方を親指で指しながら言う。


 「なるほどね。僕はユクス•モルジベスタ。で、さっきロードの所に行ったのはクレシア。僕の従兄妹なんだ」


 ロードの件もあったお陰で自己紹介にも慣れた。それに関してはロードに感謝するべき所があるかもしれない。


 「ふーん、従兄妹ねぇ。ま、いいや。とりあえず紙を取りに行こうぜ」


 僕達はまた別のお手伝いさんから用紙とえんぴつをもらい、1番空いている長座体前屈の場所へ向かった。


 「さて……と、ここに合わせれば良いのかな?」


 やっぱりアナログだ。床に貼り付けられたメジャーとダンボール。でもこればっかりは変えようがないからね、仕方がないところもある。


 「別にこのまま測るのも良いんだが、ただそれだけをするためにオレ達でペアを組んだわけじゃあないだろ?」


 おっと、そうだった。完全に忘れる所だったよ。


 「ごめんごめん。ロードのことだよね」


 ドレウがうむ、と頷く。


 「それについて僕から一つ質問があるんだけど、良いかい?」

 「良いぜ」


 僕はすう、と少しだけ息を吸い、


 「さっき君はロードをよく知ってる、って言ってたよね。なら、どうして君はロードとチームを組もうとしなかったんだ?」


 と、息継ぎせずに言った。

 それに対して、ドレウは、


 「うーん、それも後の話に関係してくるんだがな……まあいいか。先に言っておくと、オレはアイツと組む気がさらさら無いわけじゃなかったんだ。もし最終的にチームを組むことになって、アイツが結局誰ともチームを組めそうにない場合、オレがアイツと組む、と決めてたんだ。でも、アイツはお前達と組むことを選んだ」


 と答えた。

 なるほど。ドレウもロードのことをちゃんと考えていたんだ。

 と、そこでドレウが口を開いた。


 「さて、疑問も晴れたことだし、オレの話をしていいか?」

 「そうだね。聞かせてもらうよ」


 ドレウは頷くと、真剣な表情になってから話し始めた。


 「アイツが孤独な理由……それは、エース一族が『不運の一族』と言われているからだ」

 「『不運な一族』?」

 「そうだ。数十年前から、エース一族やそれに関わった人に不運が降りかかると信じられていてな、確かにエース家やその近くに住む人達で火事、事故、誘拐、失踪が相次いだ、という話があるんだ」

 「そんな……でも、それだけで決めつけちゃいけないだろ!?」


 僕はかぶりを振ってドレウに抗議する。


 「お前もそう思うだろ? オレも最初はそう思ったさ。でも、あの『戦士バトラー』訓練生待機所で起こった出来事、ああ、そういえばお前達はいなかったな。そこから説明するか。実はロードの周りで、重度の感染症が蔓延してたんだ。しかもその習性が奇妙でな」

 「奇妙……?」

 「ああ。その感染症は、ロードと、ロードに全く関わらなかった者のみが罹らなかったんだ。当然オレも感染者の1人さ」

 「そんな……!」


 あり得ない。そんなピンポイントで……?


 「というか、ほぼ原因はその感染症だな。あれからアイツは『疫病神』と言われるようになり、いつか相手にされることすらなくなった。それがアイツにとっての一番の不運かもしれないな。今は特段何も起こっていないが、いつかオレにも、もちろんお前達にも何か良くないことが起きる」


 なるほど、だからあの時『戦士バトラー』訓練生待機所にいない、何も知らない僕達に声をかけた、ってことか。


 「だから、オレからの忠告だ。アイツとチームを組むのはやめろ。そして、もうアイツに関わるな。後のことはオレに任せろ」


 ドレウの目は真剣だ。でも……


 「いや、僕はロードと組むよ」


 ドレウの肩がぴく、と上がる。


 「お前、話を聞いてなかったのか? アイツと関われば、お前達に不運が……」


 僕は首を横に振った。


 「もし、その不運が僕に降りかかったとしても、乗り越えてみせるさ。しかも、せっかく僕達に声をかけてきてくれたんだ。それを無下にするつもりもないよ」


 僕のその言葉を聞いて、ドレウは困った顔で1つため息をついた。


 「……わかった。でも、この先は知らないからな。じゃあ、オレは別のチームに入れさせてもらうぜ。……っと、こうしちゃいられないな。早く計測、終わらせちまおうぜ」

 「あっ……」


 今度はそっちを完全に忘れてた。


 「早くやろう」


 僕達は手早く計測を進めるのだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「ロード君に、そんなことが……」


 私はロード君から告げられた衝撃の事実に愕然とするしかなかった。


 「ああ。お前達はこんな俺とチームを組もうって言ってるんだ」


 言葉が出ない。認めたくない、信じたくないけれど、本当だったらどうしよう、という気持ちがある。


 「やめるなら、今のうちだぞ? まだチーム決めまで時間がある。さあ、どうする?」

 「っ……」


 私は唇を噛んだ。『戦士バトラー』訓練で初めて仲良くなれた。チームになろう、と誘ってくれた。でも……


 「……ちょっと、考えさせて」

 「いいよ」


 ロード君は快諾してくれた。その後も後味の悪い空気のまま測定を終わらせた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 次の種目は持久走だった。それぞれタグを服につけて1500mを走る、というものだ。そのタグにはチップが入っているらしく、とある機械と機械の間を通ることでカウントが進む、というもので、ちゃんと時間も測れるらしい。画期的だなぁ。


 「普通の『戦士バトラー』は10kmなど軽々と走る! まずは初歩の初歩から見ていくぞ!」


 えぇ〜、10km〜? 僕なんて1500mすら走り切れるか怪しい。

 でも今回の目的は計測だし、リタイアしなければなんとかなるさ!


 「では……用意」


 ピストルの音と共にみんなが走り出す。

 普通、最初から飛ばしてしまうとまず途中で力尽きる。呼吸を意識して、呼吸とタイミングを合わせて走る。確か僕の記憶では吸うよりも吐くことを意識するんだっけ。



 中盤、速い層、平均的な層、遅い層に分かれてくる頃だ。僕は平均層の後ろ側にいた。

 やっぱり速い人は速いなあ。よくあんなに速く走って疲れないんだろう。僕なんて何度呼吸を意識し忘れそうになったか。

 うーん、そろそろキツくなってきたぞ……それでもまだ3分の1も残っているのか……



 終盤、先頭の人達がラストスパートに入る頃、僕は勝手に自分と戦っていた。

 うえぇ……気持ち悪い……これ冗談抜きで吐きそう……いつになったら終わるんだ……?

 とかそんなことを考えているうちに、いつの間にか僕はチェッカーを通り抜けていた。


 「6分……ごじゅう……ろく……結構……微妙だ……」


 息も絶え絶えになりながらタグに表示された数字を読む。お世辞でも速いとは言えない。




 「検査、ご苦労だった。では、今日はこれで終了とする。しっかり休みを取り、明日に備えるように」

 「「「「はい!!」」」」


 今日は色々てんこ盛りな日だった。こんな日がしばらく続くんだなぁ。

 よし、着替えたら食堂に行こう。

 僕は訓練室を出るのだった。


 ロードと一緒に更衣室から出た後、僕達はクレシアと合流した。


 「みんなで食堂に行こう」

 「そうだな」

 「うん……」


 ん? クレシアがちょっと元気ないような……まあ、流石に今日は疲れたよね。さて、お腹いっぱい食べるぞ〜!




 今日はチキンの照り焼きだった。

 膳を取り、卓に持っていく。

 食堂では、正式な『戦士バトラー』専用の場所と『戦士バトラー』訓練生用の場所で分かれている。混入を防ぐためだろうね。さらには、食堂を利用する時のみ首から「訓練生」の札をつける。結構な気の入りようだ。


 「今日の特訓、どうだった?」

 「どうだったって……俺ら、同じブロックだったろう?」

 「あはは、それもそうだね」

 「……」


 さっきからクレシアが一言も喋らない。流石の僕も心配する。


 「ねえクレシア、大丈夫?」

 「えっ? 私? 私は大丈夫だよ!」


 本当かな……なんだか怪しい。

 その後も、微妙な空気のまま僕らは食事を終えた。




 部屋に戻った後もクレシアの様子は変わらなかった。


 「クレシア、本当に大丈夫? 具合が悪いなら医務室に行かないと」

 「ううん、私は大丈夫だって」


 クレシアが誤魔化すように笑う。でも、それでは僕は騙されないぞ。


 「いいや、大丈夫じゃない。僕に言ってくれ、できることならなんでもする」

 「……本当に大丈夫だって。お風呂、入ってくるね」


 とだけ言って、クレシアは持ち物を持って出て行ってしまった。

 やっぱりクレシアには何かある。いつかそれを突き止めなきゃ。

 とりあえず、今日は話してくれそうもないから、この話は明日にしよう。

 僕は部屋に備え付けのシャワー室を使い、今日1日の汚れを落とす。

 シャワーを浴びた後のドライヤーも忘れない。ここにドライヤーがあってよかった。

 パジャマに着替え、歯を磨き、ベッドに潜り込む。

 今日は長いようで、それでいて短いような1日だった。

 明日からも頑張れるように、質の良い睡眠を……

 そんなことを考えているうちに、僕は深い睡眠へと沈んでいった……


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「ただいまー、ユク……」


 私が部屋に帰ってきた時、ユクスはもう眠っていた。

 今の一言で起きてないよね……? 幸いなことに、眠りが深いのか、私のせいで起きることはなかった。

 私も寝る支度を整え、ベッドに横になる。

 私はユクスの寝顔を眺めながら、今日のことについて考えていた。


 「俺と関わると、お前達の身に不運が降りかかる」-


 はぁ。私は小さくため息をついた。

 私はこのことがユクスに知られたら怖くて、彼に言えなかった。彼はあんなにも私を心配していたというのに。

 ……よし、決めた! 明日、ちゃんと話そう。

 そう考えたら少し気が楽になった。

 明日も大変な1日が予想される。今しっかりと休んでおかないと。


 「ユクス、おやすみ」


 私はそう言って、目を閉じた……


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「……きて、起きて、ほら、ユクス」

 「……」


 何かが僕を揺らしている。まだ重い瞼を上げ、ぼやけた視界が戻るのを待つ……

 クレシアが僕のことをゆすっていた。おそらく起こしてくれたんだろう。

 起き上がって、大きく伸びをする。


 「クレシア、おはよう」

 「うん、おはよ、ユクス。早く食堂に行こう」

 「そうだね」


 腹が減っては戦はできぬ! まずは腹ごしらえをしなくちゃね。

 僕達はせっせと今日の準備をして、食堂へ向かった。


 「あ、ロード、おはよう」

 「おはようユクス。昨日はちゃんと眠れたようだね」

 「ははは、心配されるほどでもないよ。さあ、早く朝ごはんを食べよう」

 「そうだな」


 僕らはカウンターへと向かった。




 今日の朝食はオーソドックスな焼き魚。魚に、特に脂身のところにはDHAドコサヘキサエン酸という物質が含まれていて、それは人間の脳にいいとかなんとか……とにかく、『戦士バトラー』には頭脳も大事らしいから、脳も強くしておかないとね!


 「さあ、いただきます!」


 僕達は朝の食事を開始した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 あさ、ロードと会った途端、私は思わず俯いてしまった。まだ決断がついていない。そんな時に顔を合わせるのは気が引けた。

 食事中、ロードと一瞬目が合った。彼は問いかけてくる眼差しをしたけど、私は首を振った。ロードは一瞬はにかむと、また彼の食事に戻った。

 しくじった……! 本来は食堂に行く前にユクスに話しておくべきだったんだ。なのに、そんなチャンスを逃してしまうなんて……ため息が出そうになるのを堪える。

 いつ話そう……同時に焦りも出てくる。

 また新しいモヤモヤが増えたまま、私達は朝食を終えた。

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