The 15th act

 『戦士バトラー』の訓練の後、僕達は教官室の扉の前に来ていた。


 「皆さん集まりましたか?」


 どこでもシルクハットを被った銃使いが集まった面々を見回す。僕達は頷いた。それを見てキーラさんが、


 「では、行きますよ」


 と扉をノックした。すると、


 「入れ」


 という返事がしたので、扉を開けて中に入る。そこにはエン教官が足を組みながら座っていた。


 「早速話を聞こうか。ユクス」

 「はい」


 僕は一昨日ロードが体調を崩した頃から今までのことを全て説明した。


 「……なるほど。ロードがいないのを狙って『エネミー』がロードに変装したと」

 「はい。言動も全く本人と変わらず、見分けがつきませんでした」

 「ふむ、キーラ、お前がロードは『エネミー』だと見抜いたわけだな?」


 キーラさんは頷いて、


 「ハイ。ワタクシは目が良いものでしてね、人間かそうじゃないかはすぐに分かりますよ、ええ」


 と自慢げに言った。

 やっぱりすごいや。こういうのは経験がものをいうのかな。


 「一体どうやって入ってきたんだ?」


 マボムさんがエン教官に質問する。


 「わからない。が、私は地下の換気口、と睨んでいる」


 確かに、半液体状のあの身体なら細いところでも入れそうだ。


 「とにかく、これは私達にも責任があるな。侵入に気づかなかったのもそうだが、変装していることを見破れなかった。すまない」

 「いえ、そんなことはないですよ。一日中ずっと一緒にいたのに……」


 エン教官が頭を下げる。僕はそれに対して手と首を振って答えた。


 「とりあえず、情報共有ありがとう。キーラも助かった。礼を言う」

 「ハハハ、ワタクシが訓練生時代の時にアナタから頂いた恩に比べれば大したことないですよ」


 とキーラさんは笑った。


 「それは良かった。……では、こちらでも対策を検討するとしよう。今回は解散とする。今日もお疲れ様」

 「「「はい」」」


 僕達はそれぞれの場所に戻っていくのだった。






 「今日も色々あったね」


 クレシアがパンの最後のひとかけらを口の中に放り込みながら言った。


 「うん。本物のロードがいつ帰ってくるかわからないけど、早く良くなるといいね」


 今日の夕飯はトマトソースのパスタだ。最近麺類が多い気がする……


 「これを機に『エネミー』をちゃんと見分けられるような練習もしないとね」

 「でも、どうやって練習する? バーチャルバトルルームがあるとはいえ本物ではないし」


 うーん、レイミアの言う通りだ。いくら本物そっくりに造られていても、やっぱり本物とは似ても似つかないところがある。やっぱり実際に擬態された時に見分けられるようになるのかは疑問だ。


 「そういう課題もあるのかぁ……やっぱり大変だねぇ、『戦士バトラー』は」


 クレシアがため息をつきながら独りごちる。

 そういえば、おしゃべりなはずのオズが何も言ってないような……

 見てみると、オズはナイフとフォークを持ったままどこか遠くを見ていた。


 「オズ? 大丈夫?」


 と呼びかけると、オズはナイフとフォークを落としそうになりながら、


 「ひぇっ!? ああ、悪い。ちょっと考え事をしてたんだ」

 「考えごと?」


 オズは頭をぶんぶんと縦に振って、


 「そうだ、考えごとさ。で、なんの話をしてたんだっけ?」


 と何やら不自然にそう答えた。


 「ロード君はいつ復帰できるのか、って話だよ」

 「あ、あー、そうだな。今週中には戻ってきて欲しいよな」


 ……とりあえず詮索はやめておこう。別に元気がないわけでもなさそうだし。


 「とにかく、今僕達ができることをやらないとね」


 僕の言葉にみんなが頷いた。

 その後も特に話すこともなく、夕食を終えた。





 シャワーを浴びてパジャマに着替え、さて寝るか、となった時、ふとノックの音が聞こえてきた。


 「はーい」


 こんな時間に誰だろう、と思いながら扉を開ける。すると、そこには目の前に突き出された拳銃があった。


 「もう驚かないよ、オズ」


 思わず声を出しそうになるのを堪えながらなるべく静かに言う。銃の持ち主は苦笑いして、


 「まあ、そっか。一回やったネタがまた通じるわけないな」


 と言いながら銃を下ろした。


 「それで、何の用? あと、どうして今?」


 と訊くと、オズは手を後ろに組んで少しもじもじしてから、


 「ゆ、ユクスに話があるから」


 と小さな声で呟いた。


 「僕に?」

 「そう。着いてこいよ」


 とオズが歩き始めた。


 「ごめんクレシア、ちょっと出かけててくる」

 「え? 誰かに呼ばれたの?」


 クレシアがベッドから起き上がりながら訊いてきた。僕は頷いて、


 「うん。オズが話がしたいって」


 と答えると、


 「……ふーん、じゃあおやすみ」


 と言ってまた布団に潜り込んでしまった。


 「おやすみ」


 と聞こえているかどうかわかはないけどそう言って扉を閉めた。


 「お待たせ。で、どこに行くの?」


 外で待っていたオズに尋ねると、


 「オレの部屋」


 と言う答えが返ってきた。


 「え? どうして?」

 「どうしても」


 んー、なんなんだろう……一緒に寝よう、と言うわけでもなさそうだし……

 とりあえず僕はオズにそのままついていくことにした。





 「ここがオレの部屋だ」

 「お邪魔します……」


 オズが扉を開けてくれたので、その中に入る。


 「それで、話っていうのは……」


 何、と訊こうとしたところで、僕はベッドに押し倒された。


 「な、何を……」


 するつもり、という質問も最後まで続かなかった。オズが僕の唇に唇を重ねたんだ。


 「!? な、何をしているんだオズ!?」


 僕は慌てて後ずさってオズから離れた。

 いきなり何!? どうかしちゃったのか!? 本当にいきなりなことで僕の頭は混乱している。オズは悪戯っぽく笑って、


 「へへ、驚いた? それなら大成功だな」

 「オズ……?」


 まだ混乱の治らない頭で彼を見る。すると、


 「オレを助けてくれたお前に特別に教えてやるよ。実はオレは兄さん、キーラの妹なんだ」


 え? それ、さっきも聞いて……

 ん? 妹?


 「オズ、い、妹って……」

 「そそ。騙された?」


 そんな……! いつもオズのことを「彼」って呼んでたけど、まさか「彼女」だったなんて……


 「……気づかなくて、ごめん」


 と色々申し訳なくなって謝る。すると、


 「あはは、今まで言ってなかったオレも悪かったよ」


 と笑った。

 確かに、言われてみれば女の子っぽくもなくはない……って、何を考えているんだ僕は!


 「急にこんなことをしてごめんよ。はい」


 オズが手を差し出してくれたので、その手を取って起き上がる。


 「で、今日はその事と、後一つ、いや、二つか? 伝えたいことがあったんだ」


 オズはそこまで言うと一旦大きく息を吸って、


 「今日は『エネミー』からオレを守ってくれてありがとう。本当に感謝してる。こんなオレを助けてくれて……」


 オズの声が震え始める。


 「助けるのは当然だよ、僕達の仲間で、友達だからね」


 と優しく言ってやる。すると、オズは顔をくしゃくしゃにしながら僕に抱きついた。


 「怖かった……足が、動かなかったんだよ……もう、終わりかと思ったその時にお前が助けてくれたんだ……」


 おそらく、いや間違いなく泣いているオズの背中に腕を回す。


 「もう一度、いや、何回でも言ってあげる。助け合うのは当然さ。もちろん、これからも。大切な仲間だからね」


 その後しばらくはお互い何も言わなかった。

 ふとオズが離れるのを感じたので、僕も腕を解いてやる。目を赤くしたオズが僕をまっすぐ見て、


 「後一つ伝えるべきことを忘れるところだった」


 と鼻を啜ってから、


 「お前のことが好きだぞ、ユクス」


 と今まで見たことのない笑顔で僕にそう言ったのだった。





 「……ふう。良かった……全部言えて」


 胸に手を当てて目を瞑りながらオズは大きく息を吐いた。


 「ありがとな、それとごめん、こんな時間にこんな話をして。もう行っていいぞ」

 「う、うん。じゃあ、また明日。おやすみ」

 「おう、おやすみ」


 僕はオズの部屋を出るのだった。







 次の朝、


 「おはよう、ユクス……って、なんか元気なさそうだけど大丈夫?」


 そう、昨日のことがずっと頭から離れなくてあまり眠れなかったんだ。


 「いやー、いろいろあってね……」

 「オズと喧嘩でもしたの? それとも、まさか……」

 「え!? クレシア、なんか変な妄想してない!? 喧嘩もしてないよ!」


 だんだん視線に危ないものを感じたので必死に誤解を解く。


 「……ま、いいや。早く朝の支度をしよう。みんなを待たせちゃう」

 「そ、そうだね……」


 ぱっぱと着替えて顔を洗って歯を磨いてから僕達は部屋を出た。






 レイミアと合流してから食堂に行くと、まだロードはいなかった。代わりに何か重たい空気を纏ったオズがそこに座っていた。彼、ではなく彼女は僕のことを認めた途端、


 「昨日は悪かったよユクス〜!!」


 といきなり謝ってきた。


 「え、ええ?」

 「昨日オズと何かあったの」

 「いや、色々なくはなかったって感じだけど……」

 「……?」


 レイミアが訝しそうに僕とオズを見る。

 なんだか気まずい空気を感じたのか、


 「まあ、いいか。この話は後にしよう。ご飯とってくるよ」


 あ、後でその話するのね……

 となんだか嫌な予感を感じながら今日の朝食を調達しに行くのだった。






 「……で、さっきの話の続きだけど」


 唐突にレイミアがそう切り出した。


 「昨日、オズと何があったの?」


 僕はオズと目を合わせた。オズが頼むぞ、と言う表情で頷いてきたので、任せて、と言う顔で頷き返した。


 「実は、オズから告白されてね……」

 「「は? 告白?」」

 「ちょ、ユクス!?」


 クレシアとレイミアが同時に僕を見て、オズがテーブルに手をついて立ち上がった。


 「それってどう言う……」

 「そ、そのままの意味だよ」


 オズ、ごめん! と心の中だけでも謝っておく。


 「……ふーん、まあ個人の自由だからいいと思うけどね」


 んー? クレシア、なんだか勘違いしてないかな? まあ、教えてないから仕方がないところもあるけど……


 「〜、もう! ユクスにだけ教えておくつもりだったのに! 責任取れよ、ユクス!」

 「あ、はい……」


 うん、これは完全に僕のせいだ。涙目になっているオズに頭を下げると、彼女はため息をついて、


 「どうせいつか言う事になるだろうからいいけどさ……わかった、今言うよ」

 「何を?」


 クレシアが尋ねる。オズは大きく深呼吸してから、


 「実はオレ、男じゃないです」


 と言い放った。

 僕達の周りで沈黙が流れる……


 「「……知ってたけど」」

 「「は!?」」


 知ってたの!? もしかして知らなかったの僕だけ!? なんだかとてつもなく申し訳なく思えてきた……!!


 「あー、なんだ、バレてたのか。はは、オレもまだまだだな……」


 とオズは力なく笑いながらまたしょんぼりした。すると、レイミアがオズの肩に手を置いて、


 「今夜、一緒に風呂入ろう」


 と唐突に言い出した。


 「え、れ、レイミア? それってどう言う……」


 突然のことで動揺するオズ。


 「余計な事は考えなくていいから。後で話、するよ」

 「あ、はい……」


 まだ困惑しながらとりあえず了承したオズを見て頷いてから、


 「クレシア、あなたも」


 とクレシアを見て言った。


 「わかったよ」


 とクレシアも了承したところでレイミアは身体の位置を元に戻した。


 「よし、決定。早く朝ごはん食べよう。もう冷めちゃってる」

 「わあ、本当じゃん!」


 完全に忘れてた……! せっかくの朝ごはんが……

 (少なくとも)僕は慌てて朝ごはんを食べるのだった。

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