第16話 閑話 ギルバート・ランドール

ギルバート・ランドール


それが僕の名前だ。第一公爵家、つまり筆頭公爵家のランドール家の嫡男として生まれた。


小さい頃から次期公爵としての教育を施されながら、社交の面でも幼い頃から母上にお茶会に連れていかれ、他家の子息や令嬢達との交友関係を形成せられていた。


社交の場は経験値が物を言うとの言葉は母上から教えられた言葉だ。実際に母上は公爵家の嫡男だった父上と結婚する前から社交界の華と呼ばれるぐらい全てにおいて完璧な令嬢だと噂されていたそうなので、そうなる為に相当な努力をしたんだろうと息子の僕でも思う。


だからだろうか、どうしても僕の理想のご令嬢の基準が母上になってしまうのは仕方ないのかもしれない。


小さい頃はお茶会でのマナーが多少なっていなくても、まだ小さいし学園に通ってないから仕方ないかと思わなくもなかったが、よくよく考えれば貴族令嬢、子息なら小さい頃から学園に入る前から家庭教師に習い基礎学習やマナーは習う筈だ。実際にお茶会で知り合い、今でも仲良くしているアルスやセリオン、アレックスは勉強もマナーも十歳にしては完璧に出来ていると思う。


それに対して学園に入ってから毎日周囲に寄ってくるご令嬢のマナーは完璧に程遠いものだった。

静かにして欲しいと頼んでも五分ともたず話しかけて来る。図書室で調べものをしていたら許可も取らずに隣に座り込み話しかけてくる。食堂でアルス達と食事をしていても図々しく割り込んでくる。


挙げればきりがない程の令嬢の非常識さに愚痴を言いたくなっても仕方無いだろう。


父上達に夕食の席で一度その事を話せば、父上も母上も苦笑いを浮かべ「きっとそのご令嬢達はお前の婚約者になりたくてアピールしているんだろう」と言ったが、僕が困るような事をしてたら好印象にはならないのでは?と思ったが口には出さなかった。その変わりにお願いをひとつした。


「あの、父上母上。僕は自分の婚約者は自分で決めたいので釣書が届いても勝手に婚約者を決めないで下さい。例えそれが王族であってもです」


そんな僕の言葉に何か思うことがあったのか、父上も母上も約束してくれた。勝手に婚約者は決めないと。


通常貴族の子息令嬢の婚約のタイミングに年齢はあまり関係ない。家同士の繋がりの為、産まれた時から婚約者がいる場合もあるからだ。けれど実際は学園に入学してからの方が多いのも確かで、少しでも良い家柄に嫁ぎたい、婿になりたいと考える貴族は多いのだろう。


そんな令嬢に僕は一向に興味はわかない。同じ学年にいる侯爵家のご令嬢は恰も自分が僕の婚約者候補とでも言わんばかりに僕には媚を売り、自分より格下の令嬢には見下した対応や取り巻きに嫌がらせをさせる、僕が一番嫌いなタイプだ。何度侯爵家に苦情をいれても、本人に言っても纏わりつくのをやめない事に、いい加減そろそろ本気で対応しなければいけないだろうなと思った矢先、アルスから長期休暇の話を聞いた。


可愛い妹のルナの魔力測定を長期休暇を利用してやるのだと。


ルナ・マルシーネ嬢、公爵家マルシーネ家のご令嬢でアルスの妹。


アルスの誕生日会に一度だけ会った事があるが忘れた事は一度もなかった。


煌めく銀色の紙に夜の空を写したような深い青い瞳の可愛らしい女の子。年齢の割には利発そうで、兄であるアルスを慕っているのも可愛らしかった。三歳でマナーも完璧な令嬢などいなかったので当初は内心驚いたものだった。そうか、あれから二年経っているのか......。


ふと僕の心の中にひとつの感情が生まれる。


もし.....もしも彼女の魔力がそれなりに高ければ、僕の、公爵家の嫡男の婚約者になってもおかしくないのではないか、と。


いや、魔力が高くなくても公爵家のご令嬢ならばと。

ギルバートは幼いルナの笑顔を思い出す。何の含みもない純粋な笑顔を。

そして、あの頃よりも大きくなったであろう少女のあの美しい青い瞳に僕を写して欲しい、と。



それは公爵家の嫡男として生きてきたギルバートの心に初めて灯った感情だった。





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