第1章 日輪の御子と蒼き太陽ー④

 エスファーナ中央市場は今日もにぎわいを見せていた。復興した、というよりは、まるでもともと戦などなかったかのようだ。

 幅広い目抜き通りが、行きう人々で埋め尽くされている。

 あちら側からこちら側へ、こちら側からあちら側へ、思い思いの衣装を着た人々が人波に乗って自由に渡り歩いている。黒い髪から金の髪、肌の色の濃い者薄い者、髪を布で完全に覆っている人や帽子をかぶっているだけの人、立て襟のシャツから一枚布を巻きつけた者まで、中央市場は買うほうも売るほうも多種多様な地域からはるばるやって来て集まる。

 中央市場とは三十を超える市場の集合体の通称だ。それぞれの市場は取り扱っている商品の分野ごとに独立して運営されている。絨毯市場、革製品市場、銀細工市場──いろいろな市場が集まっている中、地元の人間がもっとも足しげく通っているのはユングヴィが今いる食品市場だった。

 この市場は大昔の王がその財をありったけ注ぎ込んで整備したといわれている。

 アーチ状のれんの屋根が全体に覆いかぶさっていて天井があるため、ここにはアルヤ高原の殺人的な日光は届かない。代わりに多くのランプ、多くのかがり火や松明たいまつかれていて、手元は結構はっきり見える。人いきれと炎の熱気で夜でも暖かい。人々は店舗が開いている限りいつでも買い物することができた。

 店舗の入り口は通りごとに同じ大きさにつくられており、歩いていると似たような店がずらっと並んでいるように見える。だが、客引きをする商人たちは個性的で、話を聞いているだけでもおもしろい。

 ユングヴィは、買い込んだ石焼きの薄いパンを袋ごと抱き締めつつ、大きく息を吐いた。

 学もなくアルヤ国から出たこともない彼女にはいまいち想像がつかなかったが、聞いたところによると、アルヤという国は東大陸のほぼ中央に位置しているらしい。そしてその国土の東西を横断するように東大陸の果てから西大陸へ通じる大通商路がある。大陸じゅうを渡り歩く商人や旅人向けの国際市場や宿場町は自然とつくられていく。通商路沿いはそこで落とされる利益で潤う。

 アルヤに数ある都市の中でも、首都エスファーナは大陸一とうたわれる規模の巨大中継貿易地点だ。役人が管理しきれない数の市場とそれを使い回せるほどの人口を有する。

 世界の半分、砂漠に咲く一輪の、百万都市エスファーナ──不毛な砂漠の広がるサータム帝国にとってはのどから手が出るほど欲しい土地だったに違いない。

 この大にぎわいはもうアルヤ人だけで分け合えるものではなくなってしまった。

 自分たちが守れなかったせいだ。自分たちはアルヤ人の富をサータム人に明け渡してしまった。

 それでも、エスファーナは死なない。中央市場には今なおさまざまな国の出身者たちがひしめき合っている。

 邪魔にならないよう少しずつ歩きながら、抱えている袋の中身を見た。

 石焼きパン──買った。ヨーグルト──買った。羊肉──買った。あとは果物で終わりだ。

 青果通りにはさまざまな果物が並んでいた。定番の西瓜すいかどうから、常に暖かいと聞く南洋の果物、舶来の品種らしく食べ方のわからないものまで売られている。色とりどりの果実が所狭しと置かれているさまは、中央市場の、あるいはエスファーナの縮図のようだった。

 みの果物屋へ目をやる。

こんにちはサラーム。いつものりんをください」

 かつぷくの良い店主がこちらを向いた。

「おっ、まいど。兄ちゃんいつもありがとね」

 兄ちゃん、という言葉が胸に突き刺さった。男だと思われているのだ。何度も通っている店のあるじにまでまだ男性に間違われているとはと思うと少し切なかった。

 とはいえ、自分もあえてターバンを巻いている。つつばかまに丈の長いベスト、その上からしっかりと巻いたベルトにがいとうを羽織っているので、どこからどう見ても男のかつこうだ。だがいざという時に動きやすいという理由で選んだもので、ユングヴィはすすんで男装しているつもりもなかった。

 通りを行き交う女性たちを見下ろす。

 世間の女性というものはみんな小柄だ。ユングヴィの目線では見下ろせてしまうほどだ。実は、ユングヴィは平均より頭半個分以上背が高い。しかも筋張っていてきやしやな体格ではない。

 変装の必要がないということだ、気が楽ではないか──ユングヴィはそう自分に言い聞かせた。

 だが、たまに、こんなだから可愛がられないのだろうか、と思う時もある。強くたくましいことは軍属である将軍にとって美点であると勘違いしていたが、どうせお飾りなら小柄で華奢で可愛い美少女のほうがよかったかもしれない。

「あんた確か小さい妹さんがいるんだったな」

 店主がその太い指に見合わぬ小さな林檎を差し出した。

「今朝のもぎたてだ、やるよ」

「すみません、お代は?」

「いやいや気にしねえでおくんなさい、そいつは小さくて売り物にならねえんだ。小さいだけで中身は問題ねえから、皮をかずにそのままかじっておくんなさい」

「ありがとうございます。あ、これと別に五個ください」

「あいよ、どうもね」

 袋に入れられた林檎を手渡される。またいつか何らかの仕事を与えられる日を夢見て鍛えているユングヴィは、それをさほど重いとは思わなかった。

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