第1章 日輪の御子と蒼き太陽ー②
二百年ほど前、『蒼き太陽』を名乗る蒼い髪の青年が興した最新のアルヤ王国は、三年前にサータム人に奪われてしまった。その際、先祖返りをして蒼い髪に生まれたために新たな『蒼き太陽』と呼ばれた王子は、ゆくえ知れずになった。二百年の歴史は途絶え、今は何度目かのサータム人の天下である。
ナーヒドは
「お前、変わったな」
「変わるよ。僕はすっかり何をしたらいいのかわからなくなってしまったから」
テイムルが責めるような口ぶりで話を続ける。
「それこそナーヒドの言うとおりだよ」
「何がだ」
「僕は本当は今でもまだ『蒼き太陽』に殉じることを望んでいるんだ。でも頭のどこかにはもしかしたらそれはもう三年前に生き別れた時点で
「それは──」
「もう言うな」
だがテイムルは吐き出すように続けた。
「僕は、
「生きろ、馬鹿が」
アルヤ王国には十人の将軍がいる。ひとはその十人をひとまとめにして十神剣と呼ぶ。将軍が、神剣と呼ばれる聖なる
十神剣はすなわち軍神とも呼ばれる。
十神剣は基本的に世襲のものではない。アルヤ人であることすら必要な条件ではない。神剣が抜ける者、条件はたったそれだけだ。
しかしうち二本、蒼の剣と白の剣だけは代々特定の家の跡取りだけが抜ける。前者がナーヒドの家であり、後者がテイムルの家だ。二つの家は互いに支え合い補い合って血脈を保ってきた。今代も、ナーヒドの母親とテイムルの母親が姉妹であり、二人は
十神剣は軍神であり軍人ではない。正確には、
軍に籍を置く身となるとわかっている以上は、軍神として軍人たちの規範となるべきである。
ナーヒドは中央軍管区守護隊、通称
だが、実際に二人が将軍に就任したのは、三年前、アルヤ王国敗戦の後のことである。二人の父親が王族に殉じてしまったためだ。
「そういう話ならやめろ。お前が嫌な思いをするだけだろう」
「うん。そうだね。むなしくなる一方だ」
蒼い
右手には宮殿の中庭、今なお美しい国内最大級のアルヤ式庭園がある。
九つの噴水から東西南北に水路が流れている。水路に区切られた空間には木が植えられており、葉を青々と茂らせていた。
しかし今のテイムルとナーヒドには庭園を眺める心のゆとりはない。早足で通りすぎる。
かつては王とその家族である王族が暮らしていた、今は総督が一人で占有している北の区画を出て、南の区画、正堂の中央へ向かった。正堂の正面、宮殿全体から見てももっとも南端に歩いていく。目指すは宮殿の正面玄関だ。
広大な玄関広間もまた大きな円天井で覆われている。円天井には装飾として聖典の文句を意味するアルヤ語の文字列がタイルの組み合わせで表現されていた。
その照明の下に、蒼い武官の制服を着た青年たちが数人輪を描くようにして立っていた。
「──
ナーヒドが力強い声音で言う。
「この国の太陽はいずれまた昇る。たとえ『蒼き太陽』がいらっしゃらずとも、アルヤには別の色の太陽がまだ存在する」
軍神と仰ぐ隊長が戻ってきたことに気づくと、青年たちは一斉に二人のほうを向き、静かにひざまずいた。
彼らがひざまずいたことによって、中心にいたその存在が姿を現した。
その
柔らかで滑らかなまっすぐの髪は、アルヤ人では珍しい黄金をしている。太陽から放たれる光をその身に宿したかのようだ。
幼い顔いっぱいで表現した笑みも自信に満ちあふれ堂々として見える。まるで彼こそこの国の太陽なのだと思い込ませる輝き方だ。
彼の大きな
その瞳の色は神聖な蒼だ。
アルヤ民族の太陽の色だ。見る者にこの瞳の放つ光が日輪となって彼の金の髪を紡いだのかと思わせるほど、深くも淡い、しかし、揺らぎのない蒼だった。
「ナーヒド!」
兵士たちを乗り越え、彼が小走りで寄ってくる。ナーヒドもまた歩み寄る。
互いに、手を、伸ばし合う。
ナーヒドはその場に
小さな手がナーヒドの肩をつかみ、大きな手が日輪の
二人が触れ合うと、日輪の御子が
「お待たせ致した、フェイフュー殿下」
日輪の御子──フェイフューは、ナーヒドの首に腕を回した。
「おかえりなさい」
蒼い瞳は、王族の
『蒼き太陽』ソウェイル第一王子は失ったが、太陽の血を引く者として、第二王子フェイフューがまだ生きてここにいる。
「ナーヒドがウマルのきげんを損ねていたらどうしましょうと、たくさんたくさん心配していました」
「なんと。そのようなこと、殿下がご心配召されることではない」
フェイフューはまた、明るい声で笑った。
「ナーヒドが守ってくれるからぼくはここにいるのですよ。あまり軽はずみなことはしないでください」
まだ九つの王子に言われて、ナーヒドが言葉を詰まらせる。テイムルが苦笑する。
「フェイフュー殿下は何もかもお見通しだ」
第二王子フェイフュー──三年前のエスファーナ陥落で太陽の首級が挙がり誰もが絶望したその時、蒼軍と白軍が総力をかけて探し出した、最後の太陽の御子だった。先王の五人いた子供たちの中でたった一人だけ救出に成功した、そして、ナーヒドの父親が自身の首と引き換えに
「フェイフュー殿下」
テイムルがフェイフューに呼びかける。フェイフューが明るく「はい」と応じる。
「ここにいて帝国の誰かに声を掛けられたりはしませんでしたか」
「大丈夫です、蒼軍のみなさんがずっと見ていてくださいましたから」
「ここにいらっしゃるまでは? ナーヒドはうるさくありませんでしたか。今日宮殿に上がるに際していろいろ申し上げたでしょう」
フェイフューはなおも明るい声で「はい」と答えた。ナーヒドが
「でも仕方がないですね、今のぼくの仕事はナーヒドの話を聞いてあげることですから。ナーヒドはあなたのほかに友達がありませんからね」
その様子を見ていたテイムルが笑った。ナーヒドが「笑うところではない」と威嚇するような声を絞り出した。
ナーヒドが体を離すとすぐ、フェイフューはまっすぐ立った。
テイムルもまたナーヒドに続いてひざまずいた。
「ウマルと話をしてまいった」
フェイフューが「どうでしたか?」と問うてきた。ナーヒドは声の調子を一切落とすことなく、広間にいる誰もが聞こえるような声音で言った。
「王家の再興を約束した」
フェイフューがその
「フェイフュー殿下がご成人のあかつきには、殿下がアルヤ王として即位なさることをウマルが了承した。アルヤの民をふたたびまとめるためには、太陽は──アルヤの民の神は必要なものである、とウマル自身が言った」
それを聞いた途端、フェイフューの顔から笑みが失われた。
「そうですか」
声の調子も落ちた。
「ぼくが、ですか」
ナーヒドとテイムルは顔を見合わせた。
「兄さまではなく」
フェイフューが冷たい目で続ける。
「『蒼き太陽』がいらっしゃいますのに。ソウェイル兄さまがいらっしゃいますのに、ぼくが王になるなど、おかしいと思うのですが」
ナーヒドがふたたび腕を伸ばしてフェイフューの肩をつかんだ。
「何度申し上げたらご理解いただけるのだ。ソウェイル殿下はもうお隠れになった。この世で唯一太陽と呼ばれるべきは
しかしこの少年はナーヒドが少し強く言ったくらいでは聞かない。彼はテイムルのほうを見て「ねえ」と声を掛けた。
「お立ちなさい」
テイムルが苦笑して「はい」と立ち上がる。それにフェイフューが抱きつく。
「テイムル、あなたはどう思われますか? 白将軍であるあなたならぼくの言いたいことをわかってくれますよね」
「そう申し上げたいところですが、現時点でここにおいででないのは事実ですからね」
誰よりも強い語調で、しかし顔だけは年相応の聞き分けのない子供で、首を横に振る。
「あきらめることはありませんよ」
「ですが──」
「兄さまは生きておいでです。絶対。兄さまに何かあったら、ぼくにはわかるはずですから」
その声には、迷いも疑いも一切ない。
「だってぼくらは双子の兄弟なのですからね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます