第30話 露光 ①

 露光の始まりは、父さんが撮った写真のタイトルだった。

 父さんがこっそり覗きに行った写真展の会場で、その写真の前で母さんは涙を流していたらしい。母さん曰く、静けさの満ちた森の中葉から落ちる露の光が眩しいほどに煌めいて、心を揺さぶる美しさの写真だったそうだ。

 父さんが泣いている母さんを心配して声をかけて、写真を通じて意気投合しふたりは結婚した。

 父さんの部屋は一度もらい火で全焼してしまい、写真もその時ネガごと失われてしまったそうなので実物は無くなってしまったけれど、色褪せない思い出とそんな風に心に残る店にしていきたいと願いを込めて二人は店名を『露光』にしたと。

 俺は母さんに拾われて、ちゃんと言葉を覚えてから何回もその話を聞かされた。


のだ、が


「なんか、違う……」

 露光の客席が、満席になっている。

 俺は思い出に浸りつつ、心を無にしてでケーキを盛り付け、ピラフを炒め、スープをポットに注ぐ。盛り付けした料理をメモと一緒にサイドテーブルに置くとたま達が持って行ってくれる。

「店長、平時はケーキのテイクアウトはやっているの?」

「……表のケースにあるのはテイクアウト用。箱はレジ下にある……」

 三人はまた性懲りもなく長谷川が作ってきた服を着ている。たまとりり子はウエイトレスで長谷川だけギャルソンだが。

「朔。オーダーケーキの詳細が知りたいと言われたんだけど」

「今の時期は個人は受け付けてないけど7日前までに予約してくれればケースに出てる種類のを作ってホールのまま取り置きは出来る……。誕生日とかのチョコプレートは対応する……」

「先生。外に列ができてしまっています。お帰りいただきますか?整理券を配りますか?」

「…………」


・ ・ ・


 三月末、露光の営業が再開した。

新たなメンバーの長谷川と高校生になったりり子が加わり、露光は賑やかに……

なるどころではなかった。

 以前たまが言っていたホームページだかグルメサイトだかに勝手に紹介されてしまっていたらしく、やたらと客が来るようになった。

 春休みに入った三人娘がバイトとして毎日のように来てくれているがあまりの事態に急遽火曜と土曜を休みにした。飲食店としてはせっかくの休日に舐めているとしか言いようがないが、もう仕込みも配達もどうにもならなくなってしまった。人を増やすことも早急に検討しないとマズい。


 それと同時に、長谷川にドリンクを任せきりにする事態になって俺は理解してしまった。

 俺は、父さんの味を守ってきたつもりだったし、コーヒーの淹れ方を研究をしてきた。豆の選別にも気を使ってきたつもりだし、よその喫茶店に偵察に行ったりもしている。それでも

長谷川のコーヒーは、俺の淹れたコーヒーよりうまい……

「コーヒー美味しくなったね?豆変えたの?」

 常連客からのこれがメンタルに来た。

 ケーキが身の丈に合わない評価を得てきたのは分かっていた。その割に店が混まない理由も薄々察してはいた。

 なんてことはない、この店に閑古鳥を呼んでいたのは俺のコーヒーだったのだ。

 分かっていたのに、面と向かって言われると何倍もキツい。

「あなたの淹れ方は別におかしくないわ」

 長谷川のフォローが逆に胸に突き刺さった。罵倒されたほうがよほどマシだ。


・ ・ ・


「もうダメだ。限界だ」


 俺は4月、たま達の休み明けに休みを使って長野に向かった。

 今の状態が続くなら魔女狩りも行けない。自分勝手なことに父さんを連れ戻すことも考えていた。

「…………」

 父さんを訪ねると、集合住宅の管理人がグループワークに出ていると教えてくれた。

ここは集落が丸ごと協会に運営されており、巨大な老人ホームの様に要介護度に応じ段階的にイベントを開催している。

 父さん達はレクの一環として畑で作った野菜や蕎麦を使って近くで店をやっているらしい。

 店につくと短い行列ができていた。中では三人年配のご婦人が配膳をしていて、奥で父さんともう何人かが厨房に立っているようだった。

「不甲斐ないなぁ……俺」

 俺は父さん達が作った蕎麦を注文した。

父さんは新しい場所でもちゃんと自分の脚で立っている。

俺は父さんへの手紙を管理人に託して店に戻った。



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魔法使いと弟子 ね子だるま @pontaro-san

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