第27話 いのちの代価



 俺と鶴来が話してから更に一週間後、俺は鈴ヶ織に付き添われ病院を出た。

鈴ヶ織には車で待ってもらい、俺はケジメを付けに行く。


「やあやあ、初めまして望月君。僕は引き継ぎでこのエリアの臨時地区長になった芍薬院智愛しゃくやくいんちあき。よろしくねぇ」

 ねっとりとした喋り方が耳障りな、スーツ姿の初老の男は俺達に笑顔を向けた。どこぞの狐を思い出したがこちらの方がもっと感じが悪い。

「今回の活躍は聞いているよ。蛇の首魁の討伐に成功した上、神楽坂老にまで貸しを作ったそうじゃないか。なに、結構結構」

笑いながら芍薬院の視線は俺を見ていない。

 同意の上で、俺は眠らせた鶴来を協会の本部施設の一つに連れてきた。

「で、何故死んだはずのが生きているのかなぁ?」

「……報酬はいらない、代わりに」

「いやあ、幾らなんでもそれはだめだよ望月君……君の功労には大いに大いに報いたいところだが、そいつの出した損害は簡単に金銭でペイできるもんじゃあない。わかるよねぇ?死んだのはひとりやふたりでも、それもただの人間でもないんだよぉ?大半の犯行が父親と兄のものだったからって情状酌量の余地はとうにないんだ」

 芍薬院の言っていることは理解はできる。

損害は補填しなければならない。喪った数十名の術士や高性能な触媒。蛇から押収した触媒の価値はわからないが、協会どころか余罪の人的損害にすら足りはしまい。

 それでも見せしめにはなる。協会の立場は抑止力の誇示で成立しているところも大きいのだ。

 このまま引き渡せば、十中八九鶴来はバラされる事になるだろう。術士の業界に少年法は無い。鶴来の兄は幾つかの本部で晒し首にされた後解体されたと聞いた。

「俺が、面倒を見ます。必ず更生させます」

「……そいつを使い物にできるってぇ?ヤク漬け社会性皆無で図体だけでかいクソガキを?」


理解はできる。

が、納得は、したくない。

鶴来はガキだ。

自分が出来た人間だという自信は無い。

俺が子供に甘い自覚だってある。

それでも目が合ってしまった。希望を感じてしまった。

手を差し伸べてしまった責任を取るのが、俺が思う大人の姿だ。


「俺が、やります。師匠にも許可は取りました」

「……鈴ヶ織、ねぇ……」

「俺が、兄を捕えたのが雷光の暴走の原因です。こいつは明確に俺を標的にしていました」

「それは詭弁だねぇ。蛇が作っていた祭壇の標的は首都圏をまとめて吹き飛ばすようなものだったと聞く。君がいかなければ結局無差別殺害を実行していたのは違いない」

俺は拳に指を握り込む。喋ることは決めてきた。

「鶴来の、雷光の側には手配外の男女がいた筈ですが、記録にはありませんでした。そいつらに唆された可能性もあります」

「それは初耳だねぇ。それでは適切な尋問が必要だ。ますますそいつを返すわけにはいかないわけだ」

「使い魔で俺の記憶を共有します。嘘は分かるはずです」

協会には尋問官と言う名の拷問官がいる。吐かせるためならば本当に何でもやる奴らなので引き渡す訳にはいかない。

「……それだけではねぇ」

「……リーリーは……ちゃんと役目を果たしています」

「……ふぅん」

報告書に視線をやり、芍薬院は口角を吊り上げた。

「そうだねぇ……そう。確かに、あれは結構な役に立っている。それも君の功績の一つと言えなくもない、か。…………ふぅん」

 会って一時間も経っていないが、俺はこいつが嫌いだ。

りり子の事は、可能なら言いたくはなかった。

りり子は構わないと言ってくれたが、りり子が協会にこき使われていることを俺の手柄にしたくない。本当なら普通の、ただの子供として扱ってやりたいのに。

「監察用の魔術錠をつけさせ、月に一度の報告書と面談、住居は鈴ヶ織に置きます。これが申請書類です。成人後は協会に管理と監視を引き継いでも構いません」

「彼も君に甘いねぇ」

 書類を確認し芍薬院は溜息をついた。

「新しい名前の申請を。神楽坂老からそもそも首頭は君が持って行ったときいていたからその褒章の相殺。あと髪は根から染めて整形することを条件に保護監察処分を認めましょう。情報洗浄はこちらで専門のにやらせます。ああ、鈴ヶ織に居着くなら丁度いい。眼球も交換しておきなさい。こちらで回収した遺体から見繕います」

「分かりました」

眼球になにか仕込むつもりだろう。

「必ず君か鈴ヶ織が監視をつけるように。あと微罪だろうが再犯した場合、当たり前だが君も一緒に処分対象になるから」

「ええ、構いません」

「くれぐれも、これは格別な処置だと忘れない事です。これからも仲良くしましょう。僕たちも、君が赤穂白雪を殺してくれることを願っているのですから」


・ ・ ・


 外科手術各種は話し合っていた通り鈴ヶ織がやってくれることになった。

料金はそれなりにかかったが、事情が事情な上これからも迷惑を掛けることを考えれば安いほうだと思う。

 鶴来は整形手術は初めてらしく怯えていたが、思いのほか顔の趣味は鈴ヶ織と一致していたようで、術後鏡の前でポーズを決めているのを見てしまった。

 戸籍はまさかの芍薬院本人の申し出で、芍薬院の鬼籍に入った親戚のものが使われた。

 今以上に鈴ヶ織に戦力が集まることを警戒しているのか、成人後になにかするつもりなのかは定かではないが、ある意味芍薬院も後ろ盾になるようなものでもある。俺達は提案を受け入れた。


・ ・ ・



 三月頭、俺は店に帰ってきた。先日降った雪も溶け、桜のつぼみも丸く膨らんでいる。

 店の前にかけた臨時休業の札の下にビニール袋に入った書置きがあり、紙には赤いペンで『なんで今年はバレンタインケーキ売ってくれないんですか』の一行だけ書かれていた。若干の恐怖と申し訳なさを感じる。毎年ご利用いただいていたのかもしれない。

 シャッターを上げて店の中に入る。当然だが店内にはうっすら埃が積もっている。

「さて、仕事だ」

「オレは何をすればいい……ですか」

 整形し、義手を用立て、鶴来は紀取仁慈きとり しんじになった。顔は鈴ヶ織の趣味に任せた所、線の細いイケメンに改造された。元はどちらかと言うと橙の弟子の吾妻に近いオラオラ系だったのでかなりギャップがある。

 今日は俺が店に戻ると言うと何か手伝うと言うので連れてきた。中学生なのでバイトはさせられないが、どうせ今日は掃除だけだ。

 箒を使わせてみるが紀取は広い部分だけを雑に掃いていく。放課後たまも来てくれる事になっているのでやりたいだけやってもらえばいい。

 俺はカウンターの埃を布巾で拭い、在庫のチェックと問屋への電話をかける。メルを使って各所には念のため明日俺からの電話が無ければ配達を止めてくれと伝えておいたのだが、それでも心配されていたらしく電話口で説教をされた。平謝りする羽目にはなったが、取引を継続してもらえるだけ儲けものだ。

 腐ったものやらをゴミ袋に入れ倉庫のゴミ置きの箱に入れ、俺も布巾をもって客席を拭きに行くと紀取はメルにいびられていた。

『そこ、まだ埃が残っていてよ』

「そんなとこ誰もみてねぇよ。です」

コントか。

 そんなこんなにツッコミを適当にしつつ客席は粗方綺麗になった。

 紀取は暇になったのか箒で杖をついて棚の上のジュークボックスを眺めている。

「マスター、この箱って、なに」

「ジュークボックスって言うんだよ。掃除はもういいぞ。バックヤ……厨房の隣の部屋で問題集をやってろ」

「ウス」

 俺が入院中は病院で勉強を教えていた。想定以上に地頭は悪くなく、編入試験の受付期間にはなんとか間に合いそうだ。

 誓約魔術で殺しを禁じてあるから、もうこいつが似たような形で利用されることはないだろう。少なくとも、俺や鈴ヶ織が生きている間は。

 からんからん、とベルが鳴った。たまだ。

「先生、お久しぶりです。おはようございます」

「おはよう。たま、体調はもういいのか?」

「はい。すっかり元気です」

 手を挙げる仕草がなんだか面白い。

「おお!お嬢ちゃんがマスターが言ってたちっこいセンパイか、ですか」

「……!?……ど、どなたですか?」

 そういやたまにこいつの事を説明するのをすっかり忘れていた。

「こいつは紀取慎仁。中2だ」

「シンジって呼び捨てでいい、ですよ。よろしくお願いしゃすセンパイ」

「はじめまして……て、こ、後輩さんですか!?」

 流石に全部を話すわけにもいかないが、たまなら大丈夫だろう。多分。

弟弟子おとうとでしみたいなもんだ。変なことをしていたら叱ってやってくれ」

「!?!?」

「マスター……この子ほんとにセンパイなのか?ですか?」

「歳も上だし仕事は文句なく先輩だ。ちゃんと敬意を払え」

「え、ちっちゃいのにすごいね」

「おふたりともすっごくすっごく失礼です……」

 俺達が笑うとたまは少し頬を膨らました。



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ゲーム版では退院時に好感度が高かった場合りり子のイベントが入ります(小説版にはいらないのでこのまま省きます。気がかわったらそのうち足しとくかもしれません)

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