第26話 告解
東條達と別れ、メルキオルを飛ばしながらまだ無事な道路に向かう。
歩いているうちにゆっくりと朝日が昇り、辺りの景色をはっきりと照らしていく。無理な結界解除の影響のせいか道路にヒビが
これだけの規模の事故は滅多に起きない。結界研究の奴らは喜んで飛んでくるに違いないだろう。
メルキオルが何かを見つけたのか大きく羽ばたいた。
方角からして県道を経由するならどっちだろう、と歩きながら考えているとこちらに走ってくる人影が見えた。
走ってきたのは女だった。奥に停められた車に見覚えがあるのも含め恐らく鈴ヶ織だろう。
恐らくと言うのには理由がある。
鈴ヶ織は俺の母さんの実の兄だ。母さんが生きていた頃から良くしてくれたし、亡くなってからは色々な事や術を教わった。俺の喋り方も少し影響を受けている。
などとのんきに思い返しているうちに、俺の眼前には拳が迫っていた。
「師「こんのあほんだら」
「ぶっ」
りり子を背負っていたのと気が抜けていたのとで、とっさに避けることもできず拳を顔面で受ける。今日の師匠は女の姿の為か、それとも俺が疲れ切っているせいか、拳は痛くはなかった。
「私にあまり心配をかけるな……この大馬鹿ども……」
俺をりり子ごと抱きしめて、鈴ヶ織は少しだけ肩を震わせていた。
心配して探し回ってくれていたのかもしれない。
「すみません。ご心配をおかけしました」
俺達は鈴ヶ織の病院に運ばれ、そのまま入院になった。
・ ・ ・
俺はベッドで聞いただけだが、結界内の人々は無事救助されたそうだ。犬猫鳥や虫まで一括分離されていたのも驚きだし、結界の解除と別に個別解除出来るよう、細かな解除機構が構築されていたのには本職の術医すら舌を巻いたそうだ。
大きな被害は最初に地区長達が戦った工場近くの一帯が爆発+焼けたものだが、人がいない分容赦なく術を使えたためか概ねは人を戻す前に直せたそうだ。
むしろ結界外で変死体が見つかった斎場の方が大きなニュースになってしまった。
損壊された遺体を直してやりたかったが外出を禁じられている今はどうしようもない。後日線香を上げに行こう。
発表された犠牲者は斎場以外殆どが術士だが、誰もそんなことは気づかない。
非術士を下等種と呼んで見下す奴らもいるが、少なくとも俺は同意しない。社会を構築している殆どは術など知らない毎日を真面目に生きている普通の人々だ。人間狩りなど、報道にも載らない誰にも知られず行われる大量殺人を防ぐ事は即ち社会を守る事につながる。意義のあることだ。
・ ・ ・
鈴ヶ織医院は店から少し離れた高台にある小さな病院だ。小さいとは言っても飽くまで近隣の大学病院などと比べてであって、2階建てで入院用のベッドもあるし別棟に小さな教会まである。
りり子は来年度からここから近くの高校に通う予定だった。
早く帰ってきてしまったが、下宿も早めに始めていたりり子は借りている自室で療養している。
鈴ヶ織は初めは討伐に参加予定だったものの、りり子の帰国に併せてするつもりだった施術(性転換)をずらした為に参加できなくなってしまっていたそうだ。連絡が取れなかったのは純粋にしばらく意識が無かったらしい。手術を含め趣味にするのは本当にどうかと思う。
銀の蛇討伐から1週間、雪が降った街をベッドから眺めながら俺は臓器不全の治療を受けた。
鈴ヶ織は俺と橙にとっては母さんに次いで二人目の師だ。俺は中学時代志命で解体されかけた経験がある為、昔から安心して内臓を見せられるのはこの人だけと言ってもいい。
「どいつもこいつも……よくもまぁこんな状態で術式なんか組めてたもんだ……」
術後毎日課されたリハビリを終えた俺の病室で、鈴ヶ織はカルテをうちわのように振り、溜息ながらに鶴来の現状を語った。
「朔、お前の拾ってきたガキ。なりはそれなりだがあいつ13がいいとこだぞ」
「じゅ…………」
高校生くらいだと思っていたが更に幼かった。
「予防接種の痕があったが、あのタイプの予防接種は昔は行われていないかった。接種方が変わったのは6年前。接種対象は小学2年が目安だ。つまり」
「中学生の可能性が高いって事ですか……はぁ……」
「腕は……お前がちゃんと筋を通すなら義手でもつけてやる。どうせ
「……正解」
「じゃあやはり返ってくることはないな。クソ……片側が残っていれば楽だったのに」
俺とりり子は当然、鶴来の体もボロボロだった。特に、中身は両腕の欠損よりも深刻に。
臓器の欠損、及び多臓器不全。骨もヒビだらけで成長期なのに慢性的な栄養失調。なにより重度の薬物中毒。
術士は解毒を術でなんとかしがちだが自身の脳がやられれば終わりだ。術士社会において、薬物乱用は洗脳や催眠のために銃より遥かに問題化していた。
「病気の治療用途とかでは……無い……よな……」
「私は痛み止めであんなになる処方をする奴を医者とは呼びたくないね。薬抜きはしたが後で不殺と一緒に誓約をさせろ。依存になっている」
俺は無言で頷いた。
「術の使い方も酷い。日常的に自分の電撃で感電していたんだろう。脳にダメージが入っている。こちらは専門医が少ない上、正直完治するかも怪しい」
「……」
「今ならまだ手を引くこともできる。私ならきれいに消してやることもできるが、どうする?朔」
「……決まってるだろ」
・ ・ ・
医院に併設された教会設備の告解室に眠らせた鶴来を運んだ。
椅子に縛り付け魔術錠や拘束をかけた上で、口枷を外す。
少年の目は膿んで澱んでいた。
俺がどう決意しようが、最終的に本人に生きる気が無ければどうにもならない。
「……いいから殺せよ……クソ野郎……」
「お前が血と肉と骨にバラされて何本かの杖になったところで、死んだやつ一人分の価値もない」
鶴来は項垂れて膝を見る。
「そうだよ……オレは兄ちゃんの代わりだ……価値なんかない……」
「鶴来。お前にはちゃんと自分が何をしたか理解して、ちゃんと自分の意思で償ってもらう」
「……兄ちゃんがいないオレはこのザマだ。何もできやしない」
重症だ。
・ ・ ・
鶴来の旧姓は宮地と言うらしい。兄とは親が違う。
元の名前はわからなかったのでとりあえずは雷光としておこう。
雷光の両親は銀の蛇に所属していたが、両親は新たに代表になった鶴来司祭と反りが合わず、足抜けを試みて始末されたようだった。子供の為にそうしたのだとしたら浮かばれないことだ。
銀の蛇自体は元々脛に傷があり協会に頼れなかったり戦えない術師の集まりから派生した宗教団体だったようだが、両親が死んで残った雷光は教団代表の鶴来司祭に引き取られた。兄の名は
教団は術士素養のある子供を袋男のような尖兵に教育していたらしいので使用目的があったのかもしれないが、少なくとも光毅は雷光を弟扱いしていたようだ。
司祭が死ぬまで、銀の蛇は拡大しながら本来の教義を失っていったそうだ。
司祭はすべての構成員に触媒を持たせ、戦えないならと解体を覚えさせ、問題が露呈する数年前までは地方遠征してこそこそ人間狩りをしていたらしい。
術士狩りや術士の事務所に襲撃をかけたのが司祭、理由は知らないがこの司祭が急死し団体を引き継いだのが俺が倒した雷光の兄光毅、兄がやられて代表になったのが雷光になる。
・ ・ ・
「薬を射たれようが何をされようが、お前には兄貴しかいなかったのは理解する」
鶴来は俺を睨みつけた。
「逆にきっとあいつにもお前しかいなかったんだろう。お前が居なくなればあいつの痕跡はどこにも残らない。知る人間もなく、墓もない」
「……」
「お前がきちんと約束を果たすなら、これをやる」
杖。数珠の形になっているが、ぎりぎり使い捨ての規格ではない。小さなものだが質は悪くなかったそうだ。とはいえ刑罰者の骨だから人気自体はなかった。
或いはと思い、入院前に東條に探してもらったものだ。
「兄……ちゃん…………?」
俺には、触媒は正直自分に合う合わないくらいしかわからないが、近親者の場合素子を通してある程度分かると聞く。
「俺は、お前の兄ちゃんを奪った憎い仇だ」
膝に外した一粒を置くと鶴来の目から涙が落ちた。
「あ……ああ……兄ちゃん……」
「それでも……お前にやり直す気があるなら、必要な事は俺が教えてやる。無理だと思うなら……一緒に埋葬してやる」
「にいちゃ……ごめ……ごめんなさい……おれ……」
魔術錠がついたままでは分かりはしないだろうと思ったが、鶴来はそれは間違いなく兄だと言った。
「どうする。償うか、死ぬか。選べ」
鶴来に問う。本人に一切更生の意思がなければ俺にはこれ以上何もできない。
「お、オレ……兄ちゃんの、墓、作りたい……償うって、何をすればいいかわかんねえけど……あんたの言うことは聞く、から」
「違う」
「……?」
「俺の道具になるんじゃない、お前は、一人のお前になるんだ」
「……わかんねえ……」
「今はそれでいいよ」
まだきっとどうにか出来る。
俺は鶴来を信じてやりたいと思う。
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